【時事】旧優生保護法の強制不妊手術規定違憲判決について

令和6年7月3日、最高裁大法廷が複数の判決を下しました。
旧優生保護法の強制不妊手術規定違憲判決です。

その判決文を読みました。

法的には、以下の点が注目されます。
  • 適用違憲ではなく法令違憲の判決であること
  • 立法行為が国家賠償法上違法とされたこと
  • 改正前の民法724条後段について、除斥期間との解釈を前提に、著反正義、信義則違反ないし権利濫用の例外を認め、その限度で判例を変更したこと

ただ、これとは別に、判決文を読んでいて、いろいろ思うことがあり、そちらについて記事を書くことにしました。

まず、違憲とされた旧優生保護法の規定は、何を定めたものだったのでしょうか。
強制不妊手術?
確かにそうなのですが、これは、かなりマイルドな言い方だと思います。
つまり、この法律が生み出したシステムの「黒い」ところが十分に伝わってこないと感じました。

旧優生保護法は、1940年制定の国民優生法が前身でした。
昭和23年に、旧優生保護法が成立。その際は、衆参両院で全会一致だったとのことです(判決中の草野裁判官の補足意見)。
つまり、反対した野党はありませんでした。

問題の規定の要旨は、以下のとおりです。なお、法律上は、強制不妊手術の対象者として、法定の一定の疾患ないし障害を有する者、と規定しています。以下では「該当者」とします。

・3条型(条文上は「任意の優生手術」)
医師は、該当者に対して、本人の同意(+配偶者がある時はその同意)を得て、不妊手術を行うことができる…

・4~10条型(条文上は「強制優生手術」)
医師の申請を経て都道府県優生保護委員会(改称後:都道府県優生保護審査会)が該当者に不妊手術を行うことが適当と決定し、異議がないか又は不妊手術の決定・判決が確定したときは、同委員会の指定した医師が不妊手術を行う…

・12~13条型(条文上は「精神病者等に対する優生手術」)(この類型は昭和27年改正で追加)
医師は、該当者について、精神衛生法上の保護義務者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に審査を申請し、同審査会が不妊手術を行うことが適当と決定した時は、不妊手術を行うことができる…

本人の同意がない4~10条型と12~13条型では、行政(都道府県優生保護委員会/審査会)の決定を経るたてつけです。
4~10条型は本人の不服申立ての機会があることを想定しています。
12~13条型はそうではなく、保護義務者の同意のみで手続が進み、不服申立ての機会もありません。
本人の同意なく、争う機会もなしで、強制不妊手術=取り返しのつかない侵害ができてしまうわけです。
(これは保護者の同意による医療保護入院と同様の構図で、根は同じなのかもしれません。ただ侵害の深刻さ、取り返しのつかなさ、が桁違いのレベルです。)

条文上は、3類型とも、「医師は…できる」としており、強制不妊手術の手続をスタートさせる役割は医師とされています。

もっとも、最高裁の判決文によれば、国側が予算消化のために目標手術数を達成するよう都道府県に促していたようです。
(判決文から引用)
厚生省公衆衛生局庶務課長は、昭和29年12月24日、「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する通知(同日衛庶第119号)を各都道府県衛生部長宛てに発出した。
同通知には、審査を要件とする優生手術について、当該年度における11月までの実施状況をみると、以前に提出願った実施計画を相当に下回る現状にあるので、なお一層の努力をいただき計画どおり実施するように願いたい旨が記載されていた。
また、同局精神衛生課長は、昭和32年4月27日、各都道府県衛生主管部(局)長に宛てて、例年、優生手術の実施件数が予算上の件数を下回っている実情であり、当該年度における優生手術の実施についてその実をあげられるようお願いする旨を通知した。

正直、書いていて気分が悪い内容でしたが、この3類型のすべてが違憲無効とされました。違憲無効とされた具体的な条文は、3条1項1号~3号、10条、13条2項です。
違憲判決にも、「適用違憲」と「法令違憲」がありますが、これは「法令違憲」の判断です。
国会議員の立法行為が国会賠償法上違法、とも判断されています。
司法関係者の間でも、ここまでの最高裁の判断にはほぼ異論はないと思います。
異論があり得るとすれば、民法724条後段について「除斥期間」とする判例を変更しなかったこと、除斥期間との例外を広げる判例変更はしたがそれ以上踏み込まなかったこと、でしょうか。

それにしても、これらの旧優生保護法の規定が「黒い」と感じるのは、保護者=親族と、強制不妊手術の手続をスタートさせる医師に、加害者の役をやらせることです。
特に親族は、おそらくその多くは親でしょう。
親子を加害者/被害者の構図にしてしまうのです。「優生保護」のために。

本人同意によるという3条型も、最高裁判決がいうように、同意の形式があっても、本人の自由な意思によるとは考え難い、周囲の圧力や欺罔があった可能性が高い、というのが常識的な判断でしょう。
常識的に「そんな同意は何かおかしい」ということです。
周囲の親族に加害者をやらせる構図は共通しています。

要するに、「みんながきめたことだから」で個人に犠牲を押しつける、ということ。
日本の社会の一番悪い面が出ていると感じます。

この件、国家賠償請求の「ど真ん中」のケースなのは間違いありません。
ただ、国会や行政が単独で悪をなしたわけではなく、医師や親族を巻き込んで個人を犠牲にするシステムを作ったのです。「優生保護」なるもののために。
その優生保護法は、国会で全会一致で成立したのでした。つまり「みんなできめたこと」です。
その「黒さ」にもっと注目すべきですし、「強制不妊手術」という表現で済ますことはそれを伝えるに十分なのか、と感じました。

強制不妊手術の被害者の方たちで、既存の一時金制度の支給を申し出ていない方も多いようです。
周囲に言いたくない事柄だから、ということも、もちろんあるでしょう。
それに加えて、強制不妊手術に同意した親族(おそらく多くの場合は親)がいたのか、と悩むことが、おそらく避けられません。

既存の一時金制度は、2019年に創設されたものですが、給付金額は320万円(一律)とされていて、今回の最高裁判決のケースの認容額(1100万円~1650万円)とは大きく離れています。

C型肝炎、B型肝炎、アスベスト(類型による)など、公的な被害救済制度があるものの、訴訟手続を経由する必要がある形になっているものは複数あります。
しかし旧優生保護法の強制不妊手術の件は被害当事者の心情にとって暗すぎます。訴訟手続を必要としてしまってはいけません。
国が万全の救済制度を準備するよう強く願います。

弁護士 圷悠樹(神奈川県弁護士会所属)