予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補その1(請求期限・消滅時効)

予防接種健康被害救済制度についての私家版Q&Aでは、公表資料から、主に制度の現状の整理をしました。
本記事では、弁護士として、法的観点からのQ&Aを追加していきます。
特別の断りがない限り、新型コロナワクチンの予防接種とその健康被害を想定しています。

Q 予防接種健康被害救済制度の請求期限や消滅時効期間はありますか。

A 厚生労働省の情報を整理すると、
  1. 令和5年度まで(特例臨時接種分):請求期限なし
  2. 令和6年度から(B類定期接種分):請求期限あり(5年間または2年間、詳細は後記)
ということになります。
⑴の特例臨時接種分については、予防接種健康被害救済制度の救済給付の請求の段階では請求期限は問題にならないと思われます。

なお、弁護士としては、公債権・公債務の消滅時効の特殊性と、消滅時効の適用を否定する行政の見解の根拠の不明確さから、令和5年度までの特例臨時接種分についてもできれば公債権・公債務の消滅時効期間である5年間のうちに救済給付の申請をすることをお勧めします。

1 請求期限に関する厚生労働省の説明とその法令上の根拠

厚生労働省の予防接種健康被害救済制度の広報では、請求期限について、以下のように書かれています。

  1. A類疾病の定期接種・臨時接種:請求期限の記載なし
  2. B類疾病の定期接種:請求期限の記載あり(以下の※参照)
      ※B類疾病の請求期限
    • 医療費:当該医療費の支給の対象となる費用の支払が行われた時から5年。
    • 医療手当:医療が行われた日の属する月の翌月の初日から5年。
    • 遺族年金、遺族一時金、葬祭料:死亡の時から5年。ただし、医療費、医療手当又は障害年金の支給の決定があった場合には2年。

・予防接種健康被害救済制度について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_kenkouhigaikyuusai.html

この扱いの法令上の根拠としては、予防接種法施行令上、B類定期接種分のみ請求期限の定めがあります。
技術的な条文なので引用は避けますが、予防接種法施行令19条2項(医療費)、20条2項(医療手当)、24条9項(遺族年金)、26条4項及び5項(遺族一時金)、28条2項(葬祭料)です。

行政側の見解としては、予防接種法施行令で請求期限が定められているもの以外は、「請求期限なし」として取り扱う(後述のとおり消滅時効の主張もしない)、ということだと考えられます。
新型コロナワクチンの場合、令和5年度までの特例臨時接種分はA類定期接種・臨時接種の区分を用いるので、「請求期限なし」ということになります。
私見では、行政側の見解の結論は妥当なものだと考えます。

ただし、公債権・公債務の消滅時効の特殊性と、予防接種健康被害救済制度への消滅時効の適用を否定する行政の見解の根拠の不確かさから、裁判所の判断となった場合の予測可能性に若干懸念があります。

2 公債権・公債務の消滅時効

予防接種健康被害救済制度による給付の事務は、予防接種法上の法定受託事務として、市町村が行うものとされています(予防接種法第30条)。
つまり法律関係の当事者は地方自治体です。

国または地方公共団体に対する金銭的請求権の消滅時効期間は原則として5年です(国の場合:会計法30条、地方自治体の場合:地方自治法第236条1項)。
個別の法律に別の定めがあれば個別の法令の規定が優先されます。

また、公債権・公債務の消滅時効には固有の特殊性があり、「時効の主張(援用)を必要とせず当然に成立する」「時効を主張しないこと(時効の利益の放棄)ができない」とされています(地方自治法236条2項、会計法31条1項)。
「消滅時効を主張しません」ということができない、当事者が消滅時効を主張していなくても裁判所が消滅時効の判断をすることができる、ということです。

3 予防接種健康被害救済制度に公債権・公債務の消滅時効の適用があるか

行政側は、B類定期接種の類型ができたよりも以前から、予防接種健康被害救済制度の救済給付の受給権には消滅時効の適用はない、との見解をとっていたようです(B類定期接種の前身である2類疾病定期接種が創設されたのは平成13年)。
炭谷茂・堀之内敬(著)『予防接種法 逐条解説』(ぎょうせい・1978年)157頁に、以下の記述があります。

問十五
救済制度の給付と時効の関係はどうなっていますか。


救済制度による給付を受ける権利については、予防接種法に特別の規定はありませんので、消滅時効にはかかりません。といいますのは、消滅時効制度のある趣旨は、真実の権利関係の証明が困難になることにありますが、これから発生する予防接種事故については、予防接種健康被害調査委員会によって直ちに調査が実施されますので、証明の困難性が比較的に薄いからです。
ただ、いったん厚生大臣によって認定され、障害年金や障害児養育年金が支給され、金銭債権となった場合、この年金を受ける権利は、地方自治法第236条第1項の規定により5年間で消滅します。

炭谷茂・堀之内敬(著)『予防接種法 逐条解説』(ぎょうせい・1978年)157頁

もっとも、行政の法解釈には裁判所・裁判官に対する拘束力があるわけではなく、また公債権・公債務の消滅時効は当事者の援用を必要とせず当事者から放棄もできません。
不支給決定に対して取消訴訟をする場合には、裁判所の判断となるので、消滅時効について裁判官がどう考えるかが重要になります。

私見では、上記文献の結論には賛成ですが、その根拠は、以下のとおり、そのままで裁判官にも受け入れてもらえるとは言い切れないと考えます。
  • 「予防接種法に特別の規定はない」から「消滅時効にはかからない」
    ⇒ 成り立たない。
    個別法に消滅時効についての規定がなければ、一般法である財政法や地方自治法の消滅時効の規定が適用されると考えるのが自然。(※上記文献の時点では、B類定期接種の類型がなく、予防接種法施行令上の請求期限の規定もない)
  • 「予防接種健康被害調査委員会の調査があり、証明の困難性が比較的に薄い」から「証明の困難性を制度趣旨とする消滅時効にはかからない」
    ⇒ 成り立たない。
    証明の困難性が少ないことを理由に消滅時効の適用そのものを否定する法解釈は、法令上も判例上も根拠は見当たらない。

消滅時効の適用はないとするよりよい論拠もありそうに思えますし、最終的に同調していただける裁判官も多いのではないかと思いますが、予測可能性には懸念が残ります。

もし実際に消滅時効が争点となった場合には裁判所の判断ということになりますが、そうした事態は避けられるなら避けるに越したことはありません。
そのため、冒頭の回答のとおり、できれば公債権・公債務の原則的な消滅時効期間である5年以内に請求をすることをお勧めする次第です。

弁護士 圷悠樹