【書評】司法研修所編『子の監護・引渡しをめぐる紛争の審理及び判断に関する研究』
司法研修所編『子の監護・引渡しをめぐる紛争の審理及び判断に関する研究』法曹会・2024年
購入して一読しました。
この分野の事件は何件か経験がありますが、2022年末から2024年初めにかけての事件で、裁判所の対応に違和感を感じていました。
裁判所側がこれまでの判断枠組みをとっていなかったのです。
「裁判所内で、審理・判断の枠組みの見直しをしている可能性があるのではないか」と感じました。
ですので、本書には注目していました。
その上で、実際に読んでみて驚きました。
想像以上にこれまでの判断枠組みからの見直し幅が大きく、今後の実務に対して相当の影響を与える可能性があります。
- これまでの判断枠組み、特に「主たる監護者」の位置づけについて大幅な見直し、相対化がされている。
- 考慮要素を「従前の監護状況」「監護態勢」「子との関係性」「他方の親と子との関係に対する姿勢」の4つの着眼点に再編したうえで、「監護態勢」(今後、親に期待できる養育行動及び親が提供可能な養育環境)を、最も重要なものとして位置づけている。
- 子の心身への配慮を欠く行動に対して明確に批判的であり、子の利益を実現するため、父母双方に、他方の親と子の関係を尊重し、その維持に努めるよう踏み込んだ表現で求めている。
本書の根底にある問題意識として、「父母ともが子育てに関与するようになった家庭には、主たる監護者という枠組みはなじまず、無理にあてはめるべきでもないのではないか」という考え方がありそうです。
もっとも、この問題意識がすべての家庭にあてはまるわけでは必ずしもありません。
本書の内容をどう消化するか、実務上しばらくは振れ幅が大きい状況になるかもしれません。
他にも、各手続ごとの審理の在り方、裁判所側の手続運営、当事者側の主張立証にも活用できそうな子のニーズの観点表・考慮要素表など、興味深い内容が含まれています。
なお本書は、令和6年5月成立の民法改正(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)の施行前の、現行法下での取扱いを想定しているとのことです。
もっとも、改正を意識した検討であったことはほぼ間違いないでしょう。
【重要と思われる箇所の引用とコメント】
…もっとも、(※先行文献で)指摘されている各考慮要素を見ると、(中略)いわば総合考慮の中身については、必ずしも明確ではなく、裁判実務において共通認識が明示的に言語化されているとはいえない。
(本文10~11頁)
例えば、主たる監護者についてみると、どのような場合に一方の親を主たる監護者と認定でき、主たる監護者による監護の継続を重視できるのか、必ずしも明確ではない。
そして、近年、共働き家庭や男性の育児休業取得の増加、テレワークの拡大など、家庭や育児をめぐる社会状況が変化しており、これに伴い、父母双方が家事育児に積極的に関与する家庭が増えている。
そのような家庭の事案では、そもそも一方の親を主たる監護者と認定することが容易ではない場合も少なくないと考えられる上、
一方の親を主たる監護者と認定したとしても、子が父母双方と良好な関係を形成している場合などは、子の監護者指定の判断に当たって主たる監護者の監護の継続を直ちに重視することはできないように思われる。
このほか、考慮要素の中には、監護開始の違法性など、子の利益とどのような関係にあるのかが必ずしも整理されていないものもある。…
⇒私の理解では、これまでの判断枠組みは、あえて明確な言語化を避けてきたのだと考えます。
それにより、現場の裁判官による判断の余地を大きく残していました。
近時の家事事件の一貫した増加傾向に加え、民法改正によりこの分野がさらにクローズアップされる見通しとなりました。
裁判所側も、明確な言語化をせざるを得ない、と考えるに至ったということでしょうか。
…本研究では、子の利益を中心に据え、父母の監護を評価する際のポイント(着眼点)として、の4点を提唱することとしたい。… (本文42頁)
- ①子が従前どのように監護養育されてきた(従前の監護状況)、
- ②子が今度どのような監護養育を受けられるか(監護態勢)、
- ③子が親とどのような関係を築いているか(子との関係性)、
- ④子が親から他方の親との関係を維持するために必要な配慮を受けられるか(他方の親と子の関係に対する姿勢)
⇒③④を、主要な考慮要素と位置づけている点が注目されます。
これまでの枠組みでも間接的に考慮要素に入ってはいましたが、主要な考慮要素として重要な位置づけとされました。…従前の監護状況は、今後提供される監護(監護態勢)の安定性・信頼性及び父母と子の関係性を推し量るために評価するものであり、従前の監護条件の評価が、そのまま子の監護者指定の判断に結び付くものではないことに留意する必要がある。…
(43頁)⇒①従前の監護状況は、これまでの判断枠組みでは「主たる監護者」といわれていましたが、表現を変えています。
また、後述のとおり、「主たる監護者をあえて認定する必要は必ずしもない」とされました。…子の監護者指定は、今後、子が父母のうちいずれの監護下で生活することがより子の利益にかなうかを判断するものであることから、監護態勢の評価は、子の監護者指定に与える影響が最も大きいものといえる。…
(45頁)
…また、子の利益に対する配慮の姿勢(中略)も検討する必要があり、例えば、別居(単独監護)開始の際に、子を強制的に奪取するなど、子の心身への配慮を欠く行為があった場合には、監護態勢の評価に関して、消極的な評価を受けることになる。
他方で、それが子に対する虐待や父母の一方から他方への暴力からの非難にあたる場合もあり、丁寧な検討を要することはいうまでもない。…⇒②監護態勢が、最も重要なポイントとされました。
これまでの判断枠組みでは、子どもの年齢にもよるものの、年少であるほど「主たる監護者」を重視する、ということが共通認識だったといえます。
ここが最大の見直しといえるでしょう。…そして、子との関係性は、単に、監護態勢の評価に当たって考慮されるだけではなく、事案によっては、その重要性から、父母の監護態勢の評価にかかわらず、子との関係性がより良好な親を子の監護者に指定すべき場合もあると考えられる。
(46頁)
例えば、監護態勢の比較において他方の親に及ばない親であっても、子の安全や発達のニーズの基本的な充足に問題がないことを前提として、子が当該親とのより強固で健全な愛着関係をよりどころとして父母の別離や環境変化を乗り越えていくことが期待できる場合や、比較的年齢の高い子が、自らの体験を踏まえ、当該親との関係により強い安心感や心地よさ等を示している場合等が考えられる。
そこで、本研究では、子との関係性を父母の監護の評価のポイント(着眼点)の1つとして整理することとした。…⇒「親が子と」どのような関係を築いているか、ではなく、「子が親と」であることが注目されます。
子どもの利益を中心にという考え方が垣間見えます。
いずれにしても、子どもが年少の場合でも、子どもの意思や安心感のような感情を今までよりも重視することになるのかどうか、今後の実務への影響が注目されます。…父母には、父母間の紛争や感情的対立にかかわらず、子の利益を実現するため、互いに、他方の親と子の関係を尊重し、その維持に努めることが求められているといえ、子の利益の観点から父母の監護を評価するに当たっては、父母がそれぞれ他方の親と子の関係をどの程度尊重できているかについても評価すべきと考えられる。
(47~48頁)
他方の親と子の関係への配慮は、親に求められる養育行動の1つとして、本来、監護態勢(あるいは関連する従前の監護状況)の評価においてその有無や程度が考慮されるべきともいえるが、他の養育行動と異なり、子の利益の実現のために子に対してとる行動のみならず、父母間において必要な協力関係を維持・形成するための行動や態度に着目するという点で特殊性を有する。
そこで、本研究では、監護態勢の評価とは独立して、他方の親と子の関係についての姿勢を父母の監護の評価のポイント(着眼点)の1つとして整理することとした。
なお、父母間において必要な協力関係を維持・形成するとはいっても、他方の親から暴力を振るわれている場合などに協力関係を維持・形成することが困難であるのは当然であって、評価に当たっては、他方の親の言動や対応も踏まえる必要がある。…
…他方の親と子の関係に対する姿勢の評価に当たっては、現在どのような姿勢であり、今後変化する可能性があるかを検討することが必要となるが、
過去から現在に至る一連の事情(別居(単独監護)開始に至る経緯、別居開始の態様、別居後の面会交流の実施状況、面会交流に関する姿勢、父母間の協力関係を阻害する言動の有無・程度、他方の親と子の関係を阻害する言動の有無・程度など)を総合的に検討して評価すべきであり、限られたエピソードのみに依拠して行うべきではないと考えられる。…
…具体的に見ていくと、(中略)次に、別居など単独監護の開始の経緯に関し、一方の親が他方の親に対して何ら説明なく無断で子を連れ出すなどして子の単独監護を開始した場合は、たとえそれが平穏な態様で行われても、子と他方の親を物理的かつ精神的に引き離す行為をしたとして、他方の親と子の関係に対する姿勢に関して、消極的な評価を受けることになると考えられる。
もっとも、他方の親が子を虐待している、あるいは一方の親に暴力を振るっているなどの事情があり、無断の単独監護の開始が、子の心身の安全を確保するためや子の安定した養育環境を確保するためなど、やむを得ない目的による場合は、子の利益の観点から消極的に評価することはできないと考えられる。……他方の親と子の関係に対する姿勢の評価は、限られたエピソードに基づいて行うべきではなく、過去から現在に至る一連の事情を総合的に考慮して評価すべきと考えられる。
(49頁)
したがって、例えば、他方の親の同意なく子を連れて別居した場合であっても、別居前に、他方の親に対して別居の意向や理由を説明し、理解を求めていたような場合は、何ら説明なく突然別居を開始した場合よりも、評価の低下は軽減されると考えられるし、
別居後、別居親と子の面会交流に積極的に応じ、別居親と子の関係の維持に努めているような場合は、別居後に別居親と子の面会交流を正当な理由なく拒絶しているような場合と比較して、評価の低下は軽減されると考えられる。…⇒対社会との関係で、裁判所がここまで踏み込んだ言い方をするのは珍しいと思います。
もちろん、「父母の感情よりも、子どもの利益を優先してほしい」ということは、家庭裁判所の調停の席上で繰り返し言われてきたことではあります。現実の紛争で、父母間の紛争に子どもを巻き込む形になることが多かったのは、法曹関係者であれば認めざるを得ないでしょう。
裁判所が、社会にもの申したいのは、この点についてはよく理解できます。ただ、本書の考え方は、現実の社会、現実の父母に対して、かなり高い理想を求めている印象があります。
面会交流への後押しになる側面もあると思いますが、おそらく影響はそれだけではないでしょう。
特に、「別居など単独監護の開始の経緯に関し、…」以下の箇所は、現実との間である種の緊張関係があることは否定できません。
社会の中でどのように理解されていくのか、気になります。(※従前の判断枠組みの「主たる監護者」の位置づけについて)
…1つ目は、(中略)主たる監護者の認定は、従前の監護状況及び子との関係性についての評価にとどまるものであるから、子の監護者指定の最終的な判断をするためには、主たる監護者を認定するだけでは足りず、今後の監護態勢及び他方の親と子との関係に対する姿勢についても評価した上、他覚的に検討する必要がある…
(60~61頁)
…2つ目は、(中略)従前の監護状況については、監護の量及び質の両面に加えて、監護の量及び質の両面に加えて、監護を通じて形成された親子関係をもとに評価する必要があり、また、従前の監護状況だけでなく、子との関係性についても評価する必要があるということである。
そして、単に従前の監護の量的側面のみから一方の親を主たる監護者と認定し、監護の質や子との関係性など他の観点による検討を十分に行わないまま、主たる監護者と認定した親を子の監護者と指定するようなことがあれば、判断の適正の面で疑問があるだけでなく、当事者に対し、裁判所が子の監護者指定の判断に当たって監護の量の多寡のみを考慮しているとの誤ったメッセージを与え、当事者が、例えば保育園の送迎の回数など、監護の量のみに着目した主張立証を繰り返すのを誘発することになりかねないことにも十分留意すべきである。…
…3つ目は、(中略)父母が子の監護養育を協力して行っており、従前の監護の量や質について父母に大きな差があるといえない場合は、父母のいずれが主たる監護者であるかを認定することは困難であるが、その認定をする必要はない上、むしろ主たる監護者の指定をすることで弊害も生じ得るということである。
このような場合は、父母ともに子にとって主要な愛着対象といえる可能性があることから、子の監護者指定の判断に当たって、従前の監護状況の評価のみを理由に、いずれか一方の親による監護の継続を重視することはできないと考えられるし、一方の親を主たる監護者と認定することにより、無用な争点を増やすことにもなりかねない。…
…以上述べたとおり、(中略)父母それぞれの従前の監護状況等について、監護の量及び質や監護を通じて形成された親子関係等をもとに事案に即して評価すれば足りるのであって、一方の親をあえて主たる監護者と認定する必要はないものと考えられる。……なお、本司法研究は、「主たる監護者」が明らかである事案について、従前の判断枠組みにおける考慮要素である「主たる監護者」を重視することに直ちに問題があると指摘するものではない。
(はしがき2頁目)
「主たる監護者」が明らかである事案において、その他の事情を踏まえても当該親が子の監護者に指定されることが子の利益にかなうと見込まれる場合には、そのことを前提として、他方の親との面会交流を調整するなどして調停で解決する余地があるし、当該親を子の監護者と定める審判も、当事者にとって納得性のある、妥当な結論につながる。…⇒本書が、これまでの「主たる監護者」の位置づけについて、かなり強い問題意識を持っていることがうかがわれます。
もっとも、「父母が子の監護養育を協力して行っており、従前の監護の量や質について父母に大きな差があるといえない場合」「父母ともに子にとって主要な愛着対象といえる可能性」というのは、父母の不和に至っている現実の家庭で多数派なのでしょうか。これまでの枠組みであれば「主たる監護者」がはっきり定まるケースについて、「その他の事情を踏まえても当該親が子の監護者に指定されることが子の利益にかなうと見込まれる場合」というのは、少し含みを感じる言い方です。
当事者、代理人や現場の裁判官・調査官の意識と、本書の考え方との間にギャップが出てくるかもしれません。当面、実務がどう動いていくか、注視していく必要があります。
【まとめに代えて】
「自分が親権や監護権をとるにはどうすればいいか」といった質問をいただくことがあります。
本書の考え方からすると、親中心ではなくお子さんの利益を中心に考えるべきなので、「自分が監護養育する方が子どもの利益になると評価してもらうには、どうすればいいか」という問題の立て方であるべき、ということになります。
もっとも、まずは、これまでの子育ての積み重ね、お子さんと築いてきた関係性が大事なことに変わりはありません。
その上で、今後は、これからの監護環境、お子さんとの関係の強さ、他方の親と子の関係の尊重、がより重視されるようになる見込みです。具体的なケースについては、お近くの弁護士にご相談なさってみてください。
弁護士 圷悠樹