予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補その11(審査請求と取消訴訟の比較)

予防接種健康被害救済制度について、法的観点からのQ&Aを追加していきます。
特別の断りがない限り、新型コロナワクチンの予防接種とその健康被害を想定しています。

Q 不支給決定に対して争う場合、審査請求と取消訴訟のどちらがよいでしょうか。

A 私見では、審査請求ができる段階ではまず審査請求をすることをお勧めします。

これは、優劣ではなく、使えるチャンスが多い方を選ぶ、という観点からです。
審査請求の結果が思わしくなかった場合さらに取消訴訟をすることができますが、逆はできないからです。
もっとも、2つの手続の間に明確な優劣があるわけではないので、取消訴訟を選ぶという判断も当然あってよいでしょう。

制度としてはそれぞれ一長一短があることはありますが、おそらく決定的要因にはなりません。
その他に、「どういう人が審理や判断をするのか」という点での違いがあります。
いずれが好ましいと感じるかは、人によって異なると思います。

もう少し詳しく説明していきましょう。

1:制度としての比較

⑴審査請求の結果が思わしくなかった場合、次の手続として取消訴訟をすることも可能です(出訴期間は原則として処分又は裁決があつたことを知つた日から6ヶ月以内)。
その逆はありません。
審査請求をしておいた方が、争うための手続を1つ多く使える、トライする機会が1つ多いといえます。

⑵審査請求は、処分の違法性のほかに不当性(※)でも争うことができます。
取消訴訟は処分の違法性で争う必要があります。
つまり、審査請求の方が審理の対象が広いといえます。

(※)「不当な処分」とは、関係法令やその他の何らかの法的基準に照らし客観的に誤り(すなわち違法)とはいえない場合であっても、処分庁自身またはそれ以外の行政庁における権限者による処分の見直しの結果、不適切な裁量あるいは法的基準の不適切なあてはめによる誤った処分と評価される場合、と説明されています(『条解 行政不服審査法 第2版』5頁参照)。

もっとも、因果関係の認定の誤りは、取消訴訟においても裁判例上処分の違法事由とされていますので、取消訴訟で争うことに支障があるわけではありません。

⑶専門家の関与の形態が少し異なります。
審査請求でも、取消訴訟でも、医学的専門家、主として医師の先生の意見を求める場面が生じます。
審査請求の場合、参考人の陳述か、鑑定という形態になると思われます。鑑定の場合、口頭の陳述による方法と、書面による報告書提出の方法があります。
取消訴訟の場合、当事者側の私鑑定としての意見書+証人尋問か、裁判所を通じた鑑定になると思われます。裁判所を通じた鑑定の場合、口頭による方法と、書面による方法があります。
医師の先生の負担感は、おそらく取消訴訟の方が大きいのではないかと思います。

2:人に注目した比較

どういう人が審理や判断を担当するのか、という観点での比較です。
審査請求では、審理員と行政不服審査会委員が担当します。
取消訴訟では、裁判官です。

⑴審査請求の場合:審理員と行政不服審査会委員

審査請求では、審理を主宰する審理員と、第三者機関である行政不服審査会の委員が、審理・判断に関与します。
審理員は審理を主宰する役割で、行政庁の職員が就くこともありますが、非常勤職員として外部の専門家が就くこともあります。
例えば神奈川県の場合、
  • 政策局政策部政策法務課 行政不服審査グループ所属の、
  • 副主幹、主査(審理員担当の者に限る。)または非常勤事務嘱託の職にある者、
が、審理員候補者とされています。
非常勤事務嘱託というのは、外部の弁護士が非常勤職員として審理員となることを想定していると思われます。

・行政不服審査(神奈川県Webサイト)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/y8e/cnt/f534344/index.html
行政不服審査会の委員は、名簿が公開されています。
弁護士や学識経験者で構成されています。

・神奈川県行政不服審査会(神奈川県Webサイト)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/y8e/shinsakai2.html

⑵取消訴訟の場合:裁判官

取消訴訟では、基本的に裁判官が審理と判断(判決)を行います。
1人の裁判官が担当する単独事件と、3人の裁判官が担当する合議事件があります。
いずれにしても、審理・判断を担当するのは裁判官のみです。

⑶能力経験の比較

審査請求において、審理員に就くのがプロパーの県職員の場合、必ずしも法的手続が本職ではありませんから、不安があるかもしれません。
一方、外部の弁護士が非常勤職員として審理員となる場合には、不安は少ないでしょう。
また、行政不服審査会の委員は、弁護士と学識経験者のチームとなるので、不安は少なく、また裁判官より多様性があるといえます。

取消訴訟において、裁判官の能力経験は信頼してよいでしょう。
裁判官は、基本的に優秀な方々です。

もっとも、裁判官の優秀さが向く方向性には注意が必要です。

一言でいうと、裁判官の優秀さが、スピード指向に向かう場合があります。
次で述べる、「他にいくつのケースを担当しているか」が背景にあります。
一方で、優秀な裁判官が力を注いだ結果、非常に説得力のある判決をしていただけることもあります。

⑷他の観点からの比較:他にいくつのケースを担当しているか

自動車で考えると、エンジンの馬力が大きくても、積載重量がそれ以上に大きければ、加速・制動・転舵の性能は出にくくなります。
高速道路で、トラックより普通自動車の方が速く走っていることが多いですね。
それと似た話です。

審査請求は、絶対的な数がそれほど多くありません。
例えば兵庫県(人口約534万人)の令和3年度分の資料を見てみましょう。
兵庫県の行政不服審査会は3つの部会があり、おおむね1ヶ月に1回開催されていて、各部会の1回の審査件数は3件以内です。
各部会の委員は3人ですので、1人1件ずつ主任として担当するイメージでしょうか。

・兵庫県行政不服審査会の活動状況 令和3年度(兵庫県Webサイト)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk32/documents/fufukushinsakatudo_r3.pdf

取消訴訟の場合、裁判官は他に多くの訴訟事件を同時並行的に担当しています。
裁判所の規模、地裁か高裁か、単独事件か合議事件か、などによっても異なりますが、平均的な地裁の裁判官だと、一般的に200件前後の民事の単独事件を担当しているといわれています。
念のため、これは年間の担当事件数ではなく、ある一時点での手持ち事件数が、200件前後ということです。
これが、裁判官がスピード指向になりやすい要因の1つでもあります。
(東京地裁などの一部大規模庁では、行政事件、交通事故事件、労働事件、知的財産事件など分野ごとの専門部があり、この場合は専門部ごとに状況が異なると思われます)

なお、裁判官は基本的に裁判官の仕事のみをしていますが、審理員(特に非常勤職員である弁護士)や行政不服審査会委員は他の職との兼職であり審査請求以外の仕事(研究職や弁護士業)もしています。
担当件数で忙しさの単純比較はできないのですが、仕事の性質上、「他にいくつのケースを担当しているか」という点では裁判官の方が圧倒的に件数が多いといえるでしょう。

以下は私見です。
現在の裁判所制度の限界は、裁判官の能力ではなく、裁判官が同時並行で担当している事件の数が多すぎることにあると考えています。
車でいうと、エンジンの馬力不足ではなく、過積載です。
これは裁判官の人数と密接に関わりますが、予算という裁判所の外からの制約条件があります。
ですから、限界とはいっても、欠点とはいいません。
(現職の裁判官の方が読まれたて不愉快に感じましたら、お詫び申し上げますが、私の考えは「だから裁判官を増員すべきだ」というものであることをご了解いただけましたら幸いです。)

3:まとめ

ここまで比較してきましたが、審査請求と取消訴訟のどちらを好ましいと感じるかは、人それぞれだと思います。

私見では、明確な優劣の判断がつかないのであれば、審査請求の方がトライする機会を多く得られるという点で、審査請求からやってみた方がよいと考えます。
もっとも、他の要素を考えて取消訴訟を、という判断も、事情によっては当然あり得るでしょう。

本記事が好転のきっかけになりましたら幸いです。

【追記 2024.10.05】
予防接種健康被害救済制度に関する審査請求の場合、必ず行政不服審査会が関与するわけではなく、関与しない可能性もあります。
厚生労働省が各都道府県に配布した「予防接種健康被害救済業務 Q&A集」によると、「都道府県行政不服審査会への諮問は不要」と記載されています。
これは通常の審査請求のあり方とは異なりますが、予防接種健康被害救済制度の特殊性のあらわれとして、法令上そのようになっている、ということです。

Q11-2
予防接種法に基づく健康被害救済給付の行政処分に対する審査請求について、審査庁である都道府県知事から都道府県行政不服審査会への諮問が必要か?
A11-2
予防接種法に基づく健康被害救済制度については、厚生労働大臣の認定を行うに当たって、審議会(疾病・障害認定審査会)の意見を聴く手続を行っているため、行政不服審査法第43 条第1項第1号の規定のとおり、審査庁である都道府県知事から都道府県行政不服審査会への諮問は必要ありません。

出典:予防接種健康被害救済業務 Q&A集

・出典:予防接種健康被害救済業務 Q&A集(リンク先PDFの33頁以下がQ&A部分)
http://www.nagaoka-med.or.jp/nichii_mail_bunsho/nichii_mail_bunsho_2024/2024ken2_222.pdf
(厚生労働省Webサイト上ではQ&A部分が含まれる文書が見つからなかったので、Q&A部分を含む長岡市医師会のサイト掲載文書のリンクを掲示)

もっとも、実際の審査請求・裁決事例では、行政不服審査会の諮問・答申がなされているケースも複数あります(総務省Webサイトの行政不服審査裁決・答申検索データベースで、フリーワード又は根拠法令「予防接種法」で検索)。
実態としては、行政不服審査会の関与の有無について、ケースごとに何らかの判断がなされているように感じます。

まだ情報が不足しており、これ以上の評価には踏み込めませんが、引き続き情報収集に努めていきたいと思います。

弁護士 圷 悠樹