予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補その17(健康被害の労災申請についての暫定的まとめ)

予防接種健康被害救済制度について、法的観点からのQ&Aを追加していきます。
特別の断りがない限り、新型コロナワクチンの予防接種とその健康被害を想定しています。

Q 仕事上の必要で新型コロナワクチンの予防接種を受けた後の健康被害について、医療従事者・高齢者施設従事者でなくても、労災の認定を受けることはできるでしょうか。

A 現状、不確定な点が多いですが、できる範囲で整理をしておきます。
基本的に、予防接種健康被害救済制度の認定を受けた後に、救済制度でカバーされない補償を受けるために労災申請をする場面を想定しています。

ポイントは、以下のとおりです。
  • 新型コロナワクチン予防接種後の健康被害の労災申請ができるのは、医療従事者・高齢者施設従事者に限られない。
  • 厚生労働省は、医療従事者等以外の場合について、「事業主からの業務命令によるものか否かなどを調査した上で、労災保険給付の対象となるか判断する」としている。
  • 従来の労災の考え方では、業務遂行性(業務の範囲)・業務起因性(相当因果関係)の観点から、業務災害にあたるかを判断する。
  • 業務遂行性については、「事業主の支配下にあるかどうか」が重要。
  • 業務遂行性については、本来の業務だけでなく、業務付随行為(業務を遂行する上での必要または合理的行為であり、当然に業務に付随すると認められる行為)も業務の範囲に含まれうる。
  • 実際の申請においては、事業主の指示または勧奨の有無・内容、接種形態(職域接種など事業主の関与したものかどうか)、接種時の勤怠の取扱(公休や勤務の扱いかどうか)、業務上の予防接種の必要性・合理性を基礎づける事情、などを積極的に主張すべき。

過去の予防接種とその健康被害は子どもが中心でしたが、令和5年度までの新型コロナワクチンの特例臨時接種は成人が中心でした。
その健康被害の労災認定は、新型コロナワクチンで浮上した新しい問題といえます。

1 厚生労働省の資料からわかる労災認定状況

厚生労働省の資料によると、新型コロナワクチン接種後の健康被害の労災認定状況は以下のとおりです。
  • 令和3年度 858件
  • 令和4年度 144件
  • (いずれも新規支給決定件数)

・令和4年度 業務上疾病の労災補償状況調査結果(全国計)(厚生労働省資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/11400000/001191306.pdf
(現時点で、令和4年度のものが最新のようです)

申請者の属性ごとの集計はありません。
医療従事者・高齢者施設従事者と、それ以外との認定数の内訳は不明です。

2 厚生労働省の見解

厚生労働省は、以下のように述べています。

…問10 労働者が新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を受けたことで健康被害が生じた場合、労災保険給付の対象となりますか。

 ワクチン接種については、通常、労働者の自由意思に基づくものであることから、一般的には業務として行われるものとは認められません。
 一方、医療従事者等に係るワクチン接種については、業務の特性として、新型コロナウイルスへのばく露の機会が極めて多く、医療従事者等の感染、発症及び重症化リスクの軽減は、医療提供体制の確保のために必要です。
 したがって、医療従事者等に係るワクチン接種は、労働者の自由意思に基づくものではあるものの、医療機関等の事業主の事業目的の達成に資するものであり、労災保険における取扱いとしては、労働者の業務遂行のために必要な行為として、業務行為に該当するものと認められることから、労災保険給付の対象となります。
 また、高齢者施設等の従事者に係るワクチン接種についても、同様の取扱いとなります。
 なお、上記の医療従事者等・高齢者施設等の従事者以外の労働者に係るワクチン接種については、当該ワクチン接種を受けたことで健康被害が生じた場合、事業主からの業務命令によるものか否かなどを調査した上で、労災保険給付の対象となるか判断することとなります。…

新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)

・新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)(厚労省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00018.html#Q4-10

行政内部の労災関係の通知においても、ほぼ同一の記述があります。

○労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について(令和4年2月15日)(労災発0215第1号)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc6457&dataType=1&pageNo=1

…なお、医療従事者等以外の労働者がワクチン接種により健康被害が生じた場合については、従来どおり、当該ワクチン接種が自由意思に基づくものではなく、事業主からの業務命令によるものか否かなどを調査した上、業務遂行性の有無を判断すること。…

労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について(令和4年2月15日)(労災発0215第1号)

○労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について(令和5年2月15日)(労災発0215第1号)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc7335&dataType=1&pageNo=1

…あわせて、本感染症に係るワクチン接種(追加接種を含む)を受けたことにより健康被害が生じた場合の労災保険給付についても、厚生労働省ホームページの「新型コロナウイルスに関するQ&A」に基づき、引き続き、適切に対応すること。…

労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について(令和5年2月15日)(労災発0215第1号)

時系列的には、遅くとも令和4年2月15日の通知の時点で、医療従事者等以外の場合も労災認定されうる取扱だったはずですが、厚労省のQ&Aと不整合が生じていた可能性があります。
厚労省のQ&Aは、当初、医療従事者等以外の場合の記述がなく、現在の記述は後から修正されたものと思われますが、その正確な時期はわかりません。

いずれにしても、医療従事者・高齢者施設従事者以外の労働者についても労災認定の可能性があることは認められているといえます。

3 伝統的な労災の業務災害の考え方:業務遂行性(業務の範囲)と業務起因性(相当因果関係)

伝統的な労災の考え方では、業務災害を、
  1. 業務遂行性(業務の範囲)
  2. 業務起因性(相当因果関係)
から検討します。

⑴業務遂行性の判断においては、「事業主の支配下にあるかどうか」が重要とされています。

…単に労働者が本来の職務に専念している場合のみならず、一般に労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることを意味する…

(長野地裁昭和39年10月6日判決)

…労働者災害補償保険法に基づく保険給付の対象となるには、それが業務上の事由によるものであることを要するところ、そのための要件の一つとして、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要であると解するのが相当である。…

(最高裁昭和59年5月29日第3小法廷判決・十和田労基署長事件)

具体的なケースへの適用では、診療外出(事業場に医療関係がなく、就業中に緊急を要する場合に使用者の了解を得て最寄りの医療機関に往復する場合)の災害を業務災害と認めた以下の通知が注目されます。

…労災保険法上、業務上外を判断する場合における「業務」には、当該労働者の本来の担当業務はもちろんのことであるが、本来の担当業務そのものでなくとも当該事業の運営上及び当該労働者が業務を遂行する上での必要又は合理的行為であり、当然に業務に附随する行為であると認められる行為は、「業務」に含まれると解することが相当であるから、下記の災害の場合には、業務災害として取扱うこととしたので、了知されたい。
   記
  • (略 食事外出の場合)
  • 事業場に医療機関がなく、就業中に緊急の治療を要する場合において、使用者の指示又は了解により、当該事業場と最寄りの医療機関との間の直接の往復途上における災害
(昭和48年12月1日基発第671号)

本来の業務だけでなく、業務付随行為(業務を遂行する上での必要または合理的行為であり、当然に業務に付随すると認められる行為)も、業務遂行性が認められると考えられます。
厚生労働省の前記Q&Aも、医療従事者等の場合については、同様の考え方をとっていると考えられます。

⑵業務起因性の判断については、「業務に伴う危険が現実化したものかどうか」という考え方がとられています。

・兵庫県南部地震における業務上外等の考え方について(平成7年1月30日)(事務連絡第4号)

…(別添)
地震による災害の業務災害又は通勤災害の考え方
  1. 業務災害
    地震により、業務遂行中に建物の倒壊等により被災した場合にあっては、作業方法や作業環境、事業場施設の状況などの危険環境下の業務に伴う危険が現実化したものと認められれば、業務災害となる。
  2. 通勤災害
    業務災害と同様、通勤に通常伴う危険が現実化したものと認められれば、通勤災害となる。
(以下略)…
兵庫県南部地震における業務上外等の考え方について(平成7年1月30日)(事務連絡第4号)

これは、厳密にいえば、予防接種健康被害救済制度における因果関係の考え方とは異なります。
もっとも、因果関係については、救済制度の疾病・障害認定審査会の認定判断を労災認定でも尊重する可能性が高いと思われます。

厚労省の前記令和4年2月15日付通知で、

  • 事業主からの業務命令によるものか否かなどを調査した上、「業務遂行性」の判断をすること

とありました。
因果関係=業務起因性についての記述がないことになりますが、おそらく、予防接種健康被害救済制度の認定が先行することを想定し、因果関係については救済制度の認定を前提にする、という認識ではないかと推測します。

4 検討すべき具体的な事情

以上のとおり、厚労省Q&Aの考え方(「事業主からの業務命令によるものか否かなどを調査…」)と、労災の伝統的な考え方は、少しニュアンスが異なって見えます。
ただ、実際の申請においては、両方とも意識して具体的な事情を主張すればよく、そうすべきでしょう。

いくつかのキーワードの形で整理します。
  • 明示または黙示の業務命令、もしくは実質的な業務命令があるといえるか
  • 事業主の支配の下にある状態といえるか
  • 業務を遂行する上での必要または合理的行為であり当然に業務に付随する行為(業務付随行為)といえるか
関連しそうな事情は、例えば以下のようなことです。
  • 事業主の指示や勧奨の有無・内容
  • 接種形態(職域接種など事業主が関与したものか、接種場所・接種医と事業主の関係など)
  • 勤怠上の取扱(公休扱いや勤務扱いか、欠勤や有休扱いか)
  • 出勤・対人業務の必要性、集団感染の発生状況など、業務上の予防接種の必要性・合理性を裏付ける事情全般

労災の認定判断はあくまでケースバイケースであり、申請者がどのような事情を主張するかも、個別の状況判断になります。
上記が検討事項を網羅できているわけではありませんので、ご注意ください。

5 その他の事項:消滅時効について(特に休業補償給付の場合)

予防接種健康被害救済制度は、医療費は給付対象になりますが、休業損害は対象になりません。
そのため、休業補償給付の申請を考えるケースは多いと思われます。

ただ、休業補償給付の消滅時効期間は2年です。
原則として、賃金を受けない日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年とされています。

・労災保険に関するQ&A 7-5 労災保険の各種給付の請求はいつまでできますか。(厚生労働省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154480.html

しかしこれですと、初期の健康被害、2021年~2022年の休業は既に消滅時効にかかっているか時効成立が切迫していることになってしまいます。
これは、医療従事者等の方の労災申請でも同様に問題になるはずです。
予防接種健康被害救済制度の認定がされた後に労災申請をするケースが多いと思われますが、救済制度は申請から決定まで1年~1年半またはそれ以上の時間がかかるとされていますから。
現状の取扱がどうなっているか、今のところはっきりした情報がなく、情報収集中の段階です。

私見では、上記の原則的な消滅時効起算点をとるのは明らかに公平・バランスを欠くため、起算点を修正するべきと考えます。
具体的には、被害者が業務起因性(因果関係)を知ったといえるときとして、防接種健康被害救済制度の被害認定ないし救済給付支給決定時を起算点とするのが妥当と考えます。

労災申請の消滅時効について、例外的に起算点を遅らせた事例、遅らせるべきとする見解は、例えば以下のものがあります。

  • 被害者が損害及び加害者を知ったとき、すなわち、業務上の疾病であることを確知した時点とした裁判例
    (名古屋高裁金沢支部昭和56年4月15日判決・髙岡労基所長事件)
  • 石綿(アスベスト)関連疾患の労災申請(障害補償給付)の時効起算点について「業務に起因して発生した傷病の症状が固定し,かつ,当該労働者が障害の業務起因性を知った時から」とした裁判例
    (名古屋高裁昭和61年5月19日判決・高山労基署長事件)
  • 業務上外が長期間判明しなかった結果請求しなかったものは、判明後から時効が進行すると解釈すべき、とする見解
    (井上浩『労災補償法詳説 改訂10版』169頁)

なお、障害補償給付の場合は、現時点では消滅時効が問題になるケースは考えにくいでしょう。
消滅時効期間は5年で、症状固定時が起算点といえるからです。

本記事が好転のきっかけになりましたら幸いです。

弁護士 圷 悠樹