予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補その5(障害の状態の認定基準)
予防接種健康被害救済制度についての私家版Q&Aでは、公表資料から、主に制度の現状の整理をしました。
本記事では、弁護士として、法的観点からのQ&Aを追加していきます。
特別の断りがない限り、新型コロナワクチンの予防接種とその健康被害を想定しています。
Q 障害年金・障害児養育年金の請求の場合、「障害の状態」はどのように判断されますか。認定基準はありますか。
A
この件、私も気になっていて調査していますが、まだ一部はっきりしない部分があります。
ただ、障害類型(障害年金・障害児養育年金)の否認率の高さは他と比べて突出していて、潜在的な関心が高いと思われますし、障害の認定基準・認定プロセスは公開資料が非常に乏しい状況でもあります。
より確かな回答を得るため、現時点でできる回答を述べることとします。
1 回答の要点
(認定基準について)
・基礎となる障害等級表は存在しますが、予防接種健康被害救済制度の「障害の状態」の障害認定基準(障害等級表/狭義の認定基準と認定要領を包括する文書)は作成されていません。
・制度の沿革や隣接制度との比較から、⑴障害年金:国民年金・厚生年金保険の障害認定基準、⑵障害児養育年金:特別児童扶養手当の障害認定基準、を参照しつつ、それらに拘束されるわけではないから、個別ケースの具体的事情に即しより柔軟な認定を求めていく、とするのが最適解と考えます。
(「障害の状態」の判断方法(プロセス)について)
・請求を受け付けた市町村が、調査委員会を通じて資料収集等の調査を行いますが、その際に障害の等級を含む事前審査をして、その意見を付して国側に進達し、疾病・障害認定審査会はそれをふまえて障害等級の認定をしていると考えられます。
2 回答の説明
⑴ 用語の整理(障害等級表、認定基準、認定要領と「障害認定基準」)
前提として、用語の整理をします。
障害等級表、認定基準、認定要領、という用語があります。
障害等級表は、どのような場合に、障害の何級にあたるか、を列挙したものです。
予防接種健康被害救済制度の場合は、予防接種法施行令の別表という形で障害等級表があります(末尾に掲記)。
これに対して、認定要領とは、障害等級表の各項目について、具体的にどのような状態であれば、その項目に該当するか、を説明するものです。
例えば、障害等級表にあげられている
身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの(予防接種法施行令別表第一・二級8号、障害児養育年金2級)
に該当するのはどのような状態か、を説明するのが認定要領です。
本記事でいう「障害の状態の認定基準/障害認定基準」は、障害等級表/狭義の認定基準と認定要領を包括した文書のことを指します。
後で言及する国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害認定基準に関する公文書では、障害等級表の個別の項目についても「認定基準」という表現を使いますが(狭義の認定基準)、本記事でいう「障害認定基準」はそちらの認定基準ではなく、障害等級表/狭義の認定基準と認定要領を包括した文書全体のことを指します。
障害等級表は法令上定めがあるので、認定要領の部分が「障害認定基準」の実質的な中核の情報です。
⑵ 予防接種健康被害救済制度上の障害の認定基準の有無について
予防接種健康被害救済制度上の「障害の状態」の認定基準について、厚生労働省に問い合わせた結果、「予防接種健康被害救済制度についての障害認定基準は作成していない」との回答でした。
私が調査した範囲でも、予防接種健康被害救済制度の障害認定基準について言及した文書が見つかりませんでした。
厚生労働省の法令等データベースにも、障害の認定基準や認定要領、それについての市町村や都道府県への通知文書の類は掲載されていません。
救済制度の原型が閣議了解による臨時の予算措置だったことから、その時からの在り方を引きずっているのかもしれません。
「障害認定基準が作成されていない(障害等級表のみで、認定要領にあたるものがない)」ということをどう評価するかは、得失の両面があり得るので、項を改めて述べます(⇒3 障害認定基準が作成されていないことをどう評価するか(私見))。
⑶ 制度の沿革や隣接制度との比較からは、国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害認定基準を参照するのが合理的と考えられる
実務上、「予防接種健康被害救済制度の障害認定基準は作成されていない」といっていても、個別のケースの対応には役に立ちません。
障害年金等の申請をする健康被害者、診断書等を作成し、他にも照会があれば回答する医師、自治体の調査委員会の担当者も、参照できる指針を必要とします。
弁護士としては、交通事故の自賠責保険の後遺障害が、原則として労災補償の障害の等級の基準に準じる、つまり労災補償の障害認定基準を参照するとされていることを思い浮かべます(参照:自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準・第3柱書)。
予防接種健康被害救済制度の場合、沿革的には、「障害の状態」の障害等級表は、⑴障害年金:国民年金・厚生年金保険の障害等級表、⑵障害児養育年金:特別児童扶養手当の障害等級表、をもとに作られているといわれています。
※沿革については別記事で扱うので本記事では引用は避けますが、以下の議事録における政府委員(佐分利輝彦氏 厚生省公衆衛生局長)の答弁が上記に言及しています。
- 第77回国会 衆議院 社会労働委員会 第9号 昭和51年5月14日 番号209~210
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=107704410X00919760514¤t=252 - 第77回国会 参議院 社会労働委員会 第6号 昭和51年5月20日 番号294~304
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=107714410X00619760520¤t=257
実際、国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害等級表と重なる部分が多く見られますが、一方で違いもあります。
重なる例:身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの(予防接種健康被害救済制度上の障害児養育年金2級、国民年金の障害2級)
違いの例:身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの(予防接種健康被害救済制度上の障害年金3級)
身体の機能に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの(厚生年金保険の障害3級)
国民年金・厚生年金保険の障害認定基準は、広く公開されており、市町村が実務上手続に関与する場面があります。
・国民年金・厚生年金保険 障害認定基準(日本年金機構Webサイト)
特別児童扶養手当についても、障害認定基準が通知文書化されています。こちらも、市町村が実務上手続に関与します。
・「特別児童扶養手当等の支給に関する法律施行令別表第3における障害の認定について」の一部改正について(令和3年12月24日)(障発1224第2号)(各都道府県知事・各指定都市市長あて厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長通知)
また、類似制度である医薬品副作用被害救済制度では、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が、給付の請求を受け付け、厚労省側の判定を経て、給付の決定を行っています。
PMDAによると、医薬品副作用被害救済制度における障害認定基準は「国民年金・厚生年金保険の障害認定基準に準じる」との回答でした。
予防接種法上の予防接種ではない任意接種による健康被害はこちらの守備範囲なので、扱う内容には共通性があります。
よって、実務上は、⑴障害年金:国民年金・厚生年金保険の障害認定基準、⑵障害児養育年金:特別児童扶養手当の障害認定基準、を参照することには一定の合理性があると考えられます。
このことは、疾病・障害認定審査会の審査が、国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害認定基準どおりに行われる、という意味ではありませんので、ご注意ください。
国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害認定基準に準じる、という文書も作成されていない以上、そう考えざるを得ません。
その評価は、得失の両面があり得るので、項を改めて述べます。
⑷ 障害の状態の判断方法について
現時点での情報を総合すると、障害年金等の請求を受け付けた市町村は、調査委員会を通じて資料収集等の調査を行いますが、その際に一定の事前審査を行い、その中に障害の等級について審査も含まれると考えられます。
国側への進達後、疾病・障害認定審査会が、障害の等級の判断も行いますが、市町村の調査及び事前審査をふまえて判断をする、という構造と考えられます。
以下の典拠はやや古く、新型コロナワクチン以前のものですので、現在の状況は変わっている可能性もあり得ますが、認定プロセスの変更を示す文書は見つかりませんでした。
「…等級認定につきましては、予防接種法に基づく定期接種も、新型インフルエンザのワクチン接種についても分科会でやっていただくことになります。ただ、定期の場合には一応、事前審査を市町村で現在やっていただいているところで、最終的に等級認定していただいているのは分科会ということでございます。…」
「(所掌事務)
第2条 調査会は、市長の諮問に応じて、次に掲げる事項を調査協議する。
(1)予防接種に起因した事故の調査に関すること。
(2)予防接種に起因した事故の事後対策に関すること。
(3)その他予防接種に起因した事故に関し、市長が特に必要と認める事項
2 調査会は、前項の諮問に関連する事項について、市長に意見を述べることができる。」
もっとも、前記のとおり、予防接種健康被害救済制度の障害認定基準が作成されていないので、障害認定基準についての市町村や都道府県への通知文書の類もありません。
そのため、市町村が障害の等級の事前審査をするとしても、障害認定基準についてどのような認識なのか、不透明です。
市町村ごとにバラバラな状態である可能性も否定できません。
市町村の態勢が不十分だと、担当者がどうしていいかわからず、障害類型での調査の長期化要因になっている可能性も考えられます。
3 障害認定基準が作成されていないことをどう評価するか(私見)
原則論として望ましい状態ではないですが、より大きな問題点への部分的な対処として機能しうる、いわば必要悪、という面も理解できなくはありません。
運用次第、つまり、より大きな問題点への対処として実際に機能しているかどうか、によります。
原則論として、行政手続法5条(申請に対する処分の審査基準の設定・公表)や同法12条(不利益処分の処分基準の設定・公表)の趣旨に照らし、障害認定基準が作成されていないことは望ましくありません。
形式的には、厚生労働大臣は行政処分たる支給/不支給決定の処分庁ではないので、上記の行政手続法の対象ではありません。処分庁は市町村です。
が、市町村ごとに認定基準を定めるのは制度の構造からみて明らかに不合理でしょう。
因果関係だけでなく障害等級の認定判断も国側(疾病・障害認定審査会を経て厚生労働大臣)に集約している以上、障害認定基準を定めるとすれば国側しかありません。
一方で、予防接種健康被害救済制度上の障害類型の最大の問題は、他にあります。
それは、「そもそも補償対象となる障害の状態の範囲が狭すぎること」です。
このことは昭和51年の法改正・制度創設時の国会審議で既に指摘されていました(前掲の第77回国会 参議院 社会労働委員会 第6号 昭和51年5月20日 番号294~304を参照)。
沿革として国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害等級表がもとになっているとはいえ、これらの障害認定基準をそのまま使うことは、障害の範囲が狭すぎる状態を固定化する方向で機能しかねません。
「予防接種健康被害救済制度の障害の状態の認定基準が作成されていない(他制度の参照の有無も含めて)」ということは、国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当よりも実際の障害認定を緩和する余地を残すもの、という評価もできます。もちろん、障害等級表の範囲内という限界はあります。
その意味で、より大きな問題点、「障害の範囲が狭すぎること」への部分的な対処として機能しうる、と述べました。
ただ、実際にどのように運用されているか、実際に「障害の範囲が狭すぎること」への対処として機能しているのか、は大いに問題です。
運用によっては、国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当よりも実際の障害認定のハードルが上がってしまうこともあり得ます。
疾病・障害認定審査会の公表する審議結果では情報が少なすぎて、検証は困難です。
指針となる認定事例の公表など、国側の積極的な情報発信が望まれます。
4 結論にかえて
- 障害認定基準が作成されていないことは、被害者救済の観点からはプラスマイナス両面があり、運用でどちらにも振れる可能性があるが、実務上はプラス面に焦点をあてたい
- 実務上は、障害認定基準にかわる指針として、まずは国民年金・厚生年金保険/特別児童扶養手当の障害認定基準を参照するのがもっとも合理的と考えられる
- 被害者救済の観点からは、国民年金・厚生年金保険や特別児童扶養手当の障害認定基準をベースラインにしつつも、それらに拘束されるわけではないから、具体的事情に即しそれらより柔軟な認定判断も障害等級表の範囲内で可能と考えられる
本回答はあくまで近似的な回答、現時点でもっとも確からしいと考えられる回答ですから、より適切な発信をできる方から、より確かな回答が出てくることを期待しています。
私も新たな情報が得られたら追記します。
予防接種健康被害救済制度のうち、障害の類型のみ他類型より否認率が高いのには、要因があるはずです。
特に、障害児養育年金の認定状況の低調さは、制度の沿革として子どもの健康被害を中心に想定していたことを考えると、なぜこうなっているのか、という思いが強くなります。
要因は単純ではないでしょうが、障害認定基準がはっきりせず、市町村や医師などの関係者の認識共有ができていない、ということも要因となっている可能性があります。
私たち弁護士は、交通事故や労災での経験をもとに、障害認定基準を意識して協力医の先生や行政側担当者とコミュニケーションをとっていくことができます。
障害の類型は特に、弁護士の関与の必要性が高い場面と考えています。
【※ここまで読まれた同業者の方へ】
本記事を読まれたということは、おそらく私と同じ関心を持たれて、予防接種健康被害救済制度の障害の認定基準を調査されているのだと思います。
本記事の内容を被害者の方の救済にお役立ていただけましたら幸いですが、あわせて、新たな情報が分かりましたら是非お知らせください。
弁護士 圷悠樹
【予防接種法上の障害等級表】
出典:予防接種法施行令
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323CO0000000197
障害年金(予防接種法施行令・別表第二)
一級
- 両眼の視力が〇・〇二以下のもの
- 両上肢の用を全く廃したもの
- 両下肢の用を全く廃したもの
- 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、労働することを不能ならしめ、かつ、常時の介護を必要とする程度のもの
- 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの
- 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの
二級
- 両眼の視力が〇・〇四以下のもの
- 一眼の視力が〇・〇二以下で、かつ、他眼の視力が〇・〇六以下のもの
- 両耳の聴力が、耳殻に接して大声による話をしてもこれを解することができない程度のもの
- 咀嚼そしやく又は言語の機能を廃したもの
- 一上肢の用を全く廃したもの
- 一下肢の用を全く廃したもの
- 体幹の機能に高度の障害を有するもの
- 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、労働が高度の制限を受けるか、又は労働に高度の制限を加えることを必要とする程度のもの
- 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの
- 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの
三級
- 両眼の視力が〇・一以下のもの
- 両耳の聴力が、四〇センチメートル以上では通常の話声を解することができない程度のもの
- 咀嚼そしやく又は言語の機能に著しい障害を有するもの
- 一上肢の機能に著しい障害を有するもの
- 一下肢の機能に著しい障害を有するもの
- 体幹の機能に著しい障害を有するもの
- 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの
- 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの
- 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの
障害児養育年金(予防接種法施行令・別表第一)
一級
- 両眼の視力の和が〇・〇二以下のもの
- 両耳の聴力が、耳殻に接して大声による話をしてもこれを解することができない程度のもの
- 両上肢の機能に著しい障害を有するもの
- 両下肢の用を全く廃したもの
- 体幹の機能に座っていることができない程度の障害を有するもの
- 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの
- 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの
- 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの
二級
- 両眼の視力の和が〇・〇八以下のもの
- 両耳の聴力が、耳殻に接して大声による話をした場合においてのみこれを解することができる程度のもの
- 平衡機能に著しい障害を有するもの
- 咀嚼そしやく又は言語の機能に著しい障害を有するもの
- 一上肢の機能に著しい障害を有するもの
- 一下肢の機能に著しい障害を有するもの
- 体幹の機能に歩くことができない程度の障害を有するもの
- 前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの
- 精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの
- 身体の機能の障害若しくは病状又は精神の障害が重複する場合であって、その状態が前各号と同程度以上と認められる程度のもの