予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補その6(審査請求と疾病・障害認定審査会の関与の有無)

予防接種健康被害救済制度についての私家版Q&Aでは、公表資料から、主に制度の現状の整理をしました。
本記事では、弁護士として、法的観点からのQ&Aを追加していきます。
特別の断りがない限り、新型コロナワクチンの予防接種とその健康被害を想定しています。

Q 不支給決定に対して不服申立て(審査請求)をしたとき、国側(厚生労働大臣、疾病・障害認定審査会)は再審査をしますか。

A
これは予防接種健康被害救済制度の制度変更の経過と関係があり、かなり技術的な話になりますが、法律家としては大変関心をひかれる事項でもあります。

回答としては、以下のようになります。
  • 不支給決定に対する審査請求手続の段階では、国側(厚労大臣、疾病・障害認定審査会)の再審査はありません。
  • 審査請求手続の結果、不支給決定を取り消す裁決がなされた場合には、国側(厚労大臣、疾病・障害認定審査会・予防接種健康被害再審査部会)が再審査をします。

1 説明:審査請求手続と疾病・障害認定審査会の関与の有無

上の回答は、救済制度創設当初からの扱いではなく、平成18年に変更された後の扱いです。
それ以前は、審査請求の審理において、「原処分の根拠となった厚労大臣の認定について、あらかじめ厚労大臣に見解を求める」こととされていました。

平成10年~11年ころの公衆衛生審議会下の検討委員会報告では、審査請求制度の適正化、審査請求時の疾病・障害認定審査会の再審査の在り方、が論点になっています。
そこでは、当初の審査とは独立した再審査態勢、中立性・公平性の担保、などが問題意識となっていました。
「…原処分にも関与した厚生大臣に再度見解を求めることを法令上明記することは法制的に難しい…」といった指摘もなされています(出典は、予防接種健康被害救済制度の沿革に関する別記事で取り上げる予定)。
平成18年の変更は、おそらくこの議論を反映したものと思われます。

通知の廃止について(健感発第0626001号)(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省健康局結核感染症課長通知)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3817&dataType=1&pageNo=1
「予防接種法等に基づく給付の不支給決定等に対する審査請求の取扱いについて」(昭和54年11月2日付け衛情第48号各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省公衆衛生局保健情報課長通知)は、廃止する。

廃止された通知:予防接種法等に基づく給付の不支給決定等に対する審査請求の取扱いについて(昭和54年11月2日衛情第48号)(抜粋)
都道府県知事は、予防接種との因果関係の認定がなされなかったこと又は認定された等級に不服があることを理由とする審査請求の審理を行う場合は、原処分の根拠となった厚生大臣の認定について、あらかじめ厚生大臣に見解を求めることとされたい。

なお、上記の検討委員会報告や通達等の書きぶりでは、審査請求の審理を行う場合に厚労大臣の意見を求めることを要請はしないが、「意見を求めてもらってもいいですよ」という含みを読み取れなくもありません。
ただ、疾病・障害認定審査会内に対応する部会がないと思われること、公表されている審査請求手続での答申書をいくつか見た限り審査請求手続内で厚労大臣の意見を求めたと記したものはないこと、などから、実際に審査請求手続内で厚労大臣の意見を求めるという場面があるとは確認できていません。
もっとも、審査請求手続の資料とするために疾病・障害認定審査会の議事録の取り寄せをする場面を考えれば、国側と一切の接点がないわけではありません。
なにぶん、表に出てきにくい部分で、審査請求の運用次第の面もありそうなので、引き続き情報収集に努めたいと思います。

審査請求手続の結果、不支給決定を取り消す裁決がなされた場合には、疾病・障害認定審査会・予防接種健康被害再審査部会が再審査をします。
実際に、少数ですが、再審査部会の審議にかかっているケースがあります。

・疾病・障害認定審査会(感染症・予防接種審査分科会予防接種健康被害再審査部会)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-shippei_127698.html

2 私見:審査請求手続に及ぼす影響は、関係者次第で正反対の方向に振れる可能性がある

法律家として関心を引かれるのは、上記のとおり審査請求の手続中には疾病・障害認定審査会の再審査がないことが、審査請求の手続にどのような影響を及ぼすか、です。
疾病・障害認定審査会が関与しないことによる影響は、実際のケースでは関係者次第で正反対のどちらの方向にも振れる可能性がある、と考えています。

前提として、この場面では、不支給決定の主体(行政処分庁)と、不支給の実質的な判断者が異なる、という構図があります。
不支給決定の主体(行政処分庁)は市町村です。
また、これに対する審査請求があった場合、その手続を行う主体(審査庁)は都道府県です。

一方、予防接種健康被害救済制度の認定/否認の判断は、疾病・障害認定審査会の審査結果に基づき厚生労働大臣が行います。
厚生労働大臣と疾病・障害認定審査会は、原処分に関与していますが、原処分の処分庁ではありません。
そのため、審査請求手続の当事者ではないのですが、それに加えて、上記の変更により、原処分の根拠となった厚労大臣の認定について見解を示すこともありません。

審査請求をした審査請求人(健康被害者)側は、疾病・障害認定審査会のいう否認理由に対して、追加の主張立証を提出します。
それに対して、疾病・障害認定審査会の再審査を経て厚生労働大臣が見解を示す、というやりとりがないまま、審査請求手続を進行することになります。これは、どのような影響を及ぼすでしょうか?

審査庁である都道府県が、疾病・障害認定審査会、厚労大臣の認定判断の専門性を尊重するとして、当初の否認判断に引きずられてしまう方向性もあり得ます。
こうなると疾病・障害認定審査会、厚労大臣の認定判断の当不当を争点にすることが実質的に困難となり、審査請求手続は空洞化します。

逆に、審査庁である都道府県が、厚労大臣、疾病・障害認定審査会が関与しない以上、手続内で専門家の意見を聞いて判断すればいい、と割り切る方向性もあり得ます。
専門家の意見を聞く方法は、当事者側で依頼した専門家の鑑定意見を証拠書類として提出する方法(私鑑定)と、審査庁側(審理員)を通じた専門家への鑑定の要請(行政不服審査法34条)があります。
実際、前記のとおり、疾病・障害認定審査会の再審査部会の審議にかかっているケースが少数ながら存在しており、これらが、審査請求の結果不支給決定の取消の裁決がなされたケースと考えられます。

審査請求の裁決には処分庁だけでなく関係行政庁への拘束力があります(行政不服審査法52条1項)。
つまり、審査請求の裁決で独自の判断(不支給決定の取消)に踏み切れば、疾病・障害認定審査会の判断を覆すことができます。
よって、審査請求の手続関係者、特に審査庁である都道府県の姿勢しだいで、両方向に振れる可能性がある、という次第です。

審査請求手続を行う都道府県に、独自に専門家の意見を聞いて判断する、というような姿勢があるでしょうか。

これに対しては、平成28年4月1日施行の改正行政不服審査法により、審査請求の手続構造の当事者主義的要素が強化されたことが、そうした姿勢を後押しする可能性があります。

・より公正に、より使いやすくなりました。「行政不服審査制度」をご利用ください(政府広報オンライン)
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201605/1.html

平成28年4月1日施行の改正行政不服審査法は、審査請求人・原処分庁が互いに主張立証をする、審査庁は、外部委員で構成された第三者機関(行政不服審査会など)の意見を聞いて判断をする、という当事者主義的要素を強化しました。
そのため、審査請求人側が処分の違法または不当の根拠を具体的に主張立証している場合には、処分庁である市町村側も、不支給決定の根拠、それが違法でも不当でもないことを具体的に主張立証する必要があります。
厚労大臣、疾病・障害認定審査会が、不支給決定の基礎となった否認判断の理由をどの程度説明していたか、も重要になってきます。

・【参考】行政不服審査法事務取扱ガイドライン(令和4年6月 総務省行政管理局)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000904363.pdf

「…処分庁等の主張に偏ることなく、審理関係人のそれぞれの主張を公平に聴取するなど、公正・中立に審理を進める必要がある。…」(本文42頁)

「…審理手続の実施に当たっては、処分等が違法であるか否かにとどまらず、不当であるか否かについても必要な審理を行う。
(具体例)
・処分等の前提となった事実認定や法律解釈等が合理的かつ適正になされているかについて、処分庁等の通達などの内部基準の合理性を含めて、適切に調査・確認を行う。…」(本文42~43頁)

「…□ 処分についての審査請求における弁明書には、処分の内容及び理由を記載しなければならないが、その記載の程度は、抽象的・一般的なもの(例えば、処分基準があるにも関わらず、処分の理由として、当該処分の根拠条項に該当する旨を記載するのみといったもの)では不十分であり、審理員等が処分の内容及び理由を明確に認識し得るよう、根拠となる法令の条項を示してその内容を明示した上で、当該処分要件に該当するその原因となる事実が明示されている必要がある。
□ 審査請求書等に処分が違法又は不当であることを理由付ける具体的な内容が記載されている場合には、処分が違法又は不当のいずれでもないことの根拠となる事実も、「処分の内容及び理由」に含まれるものとして、記載されなければならない。
□ 審査請求に係る処分について審査基準や処分基準を公にしている場合には、処分についての審査請求における弁明書において、これらの基準の適用関係についても明示する必要があると考えられる〔最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決・民集第65巻4号2081頁〕。…」(本文53~54頁)

最大の焦点となる予防接種と疾病等との因果関係の有無は、処分の当不当の争点の最たるものです。
そこでは、争点の性質上、医療分野の専門家の意見がきわめて重要です。
審査請求人が、不支給決定の処分が不当であることを、専門家の意見を根拠として主張すれば、処分庁である市町村側は、処分が不当でないとする根拠を、審理員等が明確に認識し得るように主張する必要があります。

もちろん市町村側は、疾病・障害認定審査会の審査結果及びその判断過程をまず処分の根拠として主張するでしょう。
ただ、それはその時点での認定判断の根拠にとどまり、不服申立て理由の検討は含まれていません。
言い換えれば、疾病・障害認定審査会の再審査がないため、不服申立て理由に対する疾病・障害認定審査会の反論は聞けない、ということです。

審査庁である都道府県が改正行政不服審査法の当事者主義的要素を重視すれば、疾病・障害認定審査会の当初の認定判断を特別視せず、専門家の意見としてもっとも合理的・説得的なものはどれか、審査請求手続内で独自に専門家の意見を聞いて判断すべき、という姿勢に傾きやすくなる可能性があります。

引き続き検討が必要な事項ですが、審査請求は、現状の予防接種健康被害救済制度の在り方、特に処分庁でない厚労大臣、疾病・障害認定審査会が中心となっている構造、に対して突破口を開きうる可能性がある領域に思えます。

ところで、新型インフルエンザワクチンには独自の健康被害救済制度が設けられていて、国が処分庁として支給・不支給の決定を行うので、通常の予防接種健康被害救済制度とは構造が異なります。
こちらは審査請求の手続中に、疾病・障害認定審査会の予防接種健康被害再審査部会が再審査をする構造のようです。

弁護士 圷悠樹