予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補その8(因果関係についての暫定的まとめ)
予防接種健康被害救済制度についての私家版Q&Aでは、公表資料から、主に制度の現状の整理をしました。本記事では、弁護士として、法的観点からのQ&Aを追加していきます。
特別の断りがない限り、新型コロナワクチンの予防接種とその健康被害を想定しています。
Q 予防接種と副反応の因果関係について、予防接種健康被害救済制度ではどのように判断されていますか。
A 予防接種と疾病等の副反応との因果関係は、予防接種健康被害救済制度の中でもおそらく最頻出の争点で、「永遠のテーマ」というべきかもしれません。
公表資料からわかる基本的なところは私家版Q&Aの記事で触れましたが、とてもそれで語り尽くせるものではありません。
現時点で比較的確からしいといえることは、以下のとおりです。
- 因果関係の認定は、2段階に区分でき、
- 第1段階:白木四原則などによる考慮要素の整理・検討
- 第2段階:蓋然性の評価(疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」)、の両方を検討する必要がある。
- 厚生労働省によると、因果関係の認定について、認定基準・認定要領等の文書は作成されていない。
- 第1段階の、因果関係認定にあたっての考慮要素について、疾病・障害認定審査会は、いわゆる「白木四原則」をベースに部分的に改変させた枠組みをとっていると考えられる。
- 第2段階の、疾病・障害認定審査会の「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」との「考え方」「方針」は、法的な羈束性のある「処分基準」にあたるかは不透明だが、少なくとも審査請求における処分の不当性の根拠としては機能しうると考えられる。
以下、順に説明します。
1 前提的な整理:因果関係の検討の2段階構造
因果関係の認定判断は、2段階の構造になっています。
第1段階は、どのような考慮要素を因果関係につながるものとして重視するか。
予防接種と疾病等との因果関係は、物理力のような目に見える形の因果関係ではないので、「このような状況では因果関係がある可能性が高そうだ」という、「蓋然性」での判断になります。
専門用語では「間接事実による推認」といいます。
後述の白木四原則はこの1段階目の話で、推認の基礎となる専門的な「経験則」です。
疾病・障害認定審査会も、類似した枠組みを用いていますが、白木四原則の4項目の1つを落として3要素としているようです(後述)。
第2段階は、どの程度の蓋然性があれば因果関係を認められるか。
専門用語では「証明度」といいます。
疾病・障害認定審査会の「接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」という「考え方」「方針」はこの2段階目の話で、「証明度の軽減」の一種と考えられます。
民事訴訟における証明度の原則は「高度の蓋然性」ですが、疾病・障害認定審査会はこれより低い証明度でも因果関係を認める「考え方」「方針」だといいます。
それゆえ、疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」も、いわゆる白木四原則も、一方だけを検討すればよいものではなく、どちらも検討する必要があります。
第1段階の検討が不十分だと、第2段階での証明度の軽減に乗ることができないことにもなりかねません。
因果関係の判断において、医学分野の専門家の意見が非常に重要なのは間違いありませんが、これは主に第1段階での話です。
第1段階の考慮要素、基本的には白木四原則の枠組みを意識して、因果関係を認めるべき根拠を説明していただくことが肝要でしょう。
2 因果関係に関する認定基準の有無
予防接種と疾病等との因果関係については、疾病・障害認定審査会の審査を経て厚生労働大臣が認定をすることが必要となります。
この因果関係の認定について、厚生労働省によると、認定基準・認定要領等の文書は作成していない、とのことです。
私が調べた範囲でも、厚生労働省の法令等データベースでは対応する文書は見つかりませんでした。
国側の広報では、以下のように述べられています。
・新型コロナワクチンQ&A(厚生労働省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_qa.html#32
厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とするとの考え方に基づいて審査が行われます。
・健康被害救済制度の考え方(厚生労働省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001017433.pdf
「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」という方針で審査が行われている。
これらは、第2段階の、どの程度の蓋然性があれば因果関係を認められるか(証明度)のことです。
また、第1段階については、以下のように述べた公表資料があります。
・健康被害救済制度について(2020(令和2年)年1月27日開催の第37回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000588416.pdf
本制度による給付を受けるためには、疾病・障害認定審査会の審査を経る必要がある。
同分科会においては、申請資料に基づき、個々の事例ごとに等について、医学的見地等から慎重な検討が行われている。
- 症状の発生が医学的な合理性を有すること
- 時間的密接性があること
- 他の原因によるものと考える合理性がないこと
・新型コロナワクチンに係る健康被害救済について(2021(令和3)年12月9日開催の第145回疾病・障害認定審査会 (感染症・予防接種審査分科会) 資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000864824.pdf
(同前)
これら公表資料等で述べられていることは、文書化された認定基準等の形では存在していない、ということになります。
もっとも、行政庁は先例との連続性・整合性を大事にしますので、「考え方」「方針」だからといって、いったん外部に公表した以上は自由に変更できるものではありません。
むしろ、行政庁の本質的な習性として、変更することが非常に難しいとさえいえるかもしれません。
いずれにしても、第1段階の検討については、次項で述べるとおり、白木四原則という、ほぼセオリーといってよい枠組みがあります。
疾病・障害認定審査会も、白木四原則を部分的に変形させた枠組みを用いていると考えられますが、白木四原則の方が検討の指針としては有益と考えられます。
第2段階について、疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」が法的にどう位置づけられるかは、後述します。
3 白木四原則と、疾病・障害認定審査会の審査への影響
いわゆる白木四原則は、過去の予防接種禍の国家賠償請求・損失補償請求訴訟において定式化された考え方ですが、予防接種健康被害救済制度にも影響を与えています。
- ワクチン接種と予防接種事故とが、時間的、空間的に密接していること
- 他に原因となるべきものが考えられないこと
- 副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと
- 事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること
東京地裁判決は、上の4つの要件が認められることをもって、因果関係存否の判断基準とすることが合理的といえる、と判示しています。
専門用語で「要件」という場合、基本的には4つの事項すべてが認められることを要求しているニュアンスになります。
- 症状の発生が医学的な合理性を有すること
- 時間的密接性があること
- 他の原因によるものと考える合理性がないこと
- 予防接種と疾病等との因果関係について否定する論拠がある。
- 疾病の程度は、通常起こりうる副反応の範囲内である。
- 政令に定められる障害の状態に相当しない。
- 因果関係について判断するための資料が不足しており、医学的判断が不可能である。
このうち「1.」が、「医学的な合理性を有すること」「時間的密接性があること」「他の原因によるものと考える合理性がないこと」を裏返した表現と理解できます。
白木四原則と、疾病・障害認定審査会の審査の検討事項はほぼ重複しています。
白木四原則の「3 副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと」が外れているだけ、とも見られます。
ただし、疾病・障害認定審査会と、東京地裁判決型の白木四原則との間には、1つ無視できない違いがあります。
専門用語では、「要件」判断型と「要素」判断型という区分があります。
前者は、基本的には「要件」の事項すべてが成立することを必要とするのに対し、後者は「要素」を考慮して総合的に判断しますが必ずしも全ての考慮事項が成立する必要は無い、という違いがあります。
東京地裁判決は白木四原則を「4要件」としており、「要件」判断型と考えられるのに対し、疾病・障害認定審査会は「要素」判断型と考えられます。
「要素」判断型は「要件」判断型よりも柔軟に運用する余地がある一方、結論に至る過程の説明が不明確になりやすい面もあります。
実際の救済給付の申請ケースでは、因果関係に関連しうる事項はできるだけ網羅して検討するのが望ましいので、検討の指針としては白木四原則の方が有益といえます。
もっとも、疾病・障害認定審査会は「要素」判断型の枠組みをとっていると考えられるので、白木四原則を指針とするとしても、必ずしも「要件」判断型として扱う必要はないでしょう。
4 疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」(証明度の軽減の部分)は、法的な効力があるか
前記のとおり、疾病・障害認定審査会は、「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」との「考え方」「方針」をとっているといわれますが、必ずしも文書としての認定基準・認定要領等の形では存在していません。
この「考え方」「方針」は、行政側に対する拘束力を有するのでしょうか。
言い換えると、疾病・障害認定審査会の審査を超えて、不支給決定に対する審査請求や取消訴訟の手続に移行した場合、この「考え方」「方針」を、因果関係を認定すべき根拠として主張できるでしょうか。
判例上、行政庁が行政手続法に基づき設定し公表している処分基準について、行政庁の裁量権に対する羈束性を認め、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の逸脱または濫用となる、と判示した最高裁判決があります(最高裁平成27年3月3日第三小法廷判決)。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84903
疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」は、判例のいう「処分基準」にあたるでしょうか。
裁判所の判断がなされるまで不確定ではありますが、裁判所が「判例のいう処分基準にはあたらない」と判断する可能性が相当あることは否定できません。
疾病・障害認定審査会と厚生労働大臣は予防接種健康被害救済制度の処分庁ではないこと(処分庁は市町村です)、実際に認定基準・認定要領等の文書が作成されていないこと、などから、上記判例の定式化にストレートには当てはまりづらいためです。
もっとも、疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」が実際に広報で強調されていることから、「処分基準」にあたらなければ法的に何の意味もないとするのも違和感があります。
私見では、少なくとも、審査請求における処分の不当性を基礎づける要素としては機能しうると考えられます。
審査請求段階では処分の違法性だけでなく処分の不当性でも争えます。
取消訴訟は処分の違法性で争う必要がありますから、審査請求の方が審理対象が広いのです。
「不当な処分」とは、関係法令やその他の何らかの法的基準(例えば処分基準)に照らし客観的に誤り(すなわち違法)とはいえない場合であっても、処分庁自身またはそれ以外の行政庁における権限者による処分の見直しの結果、不適切な裁量あるいは法的基準の不適切なあてはめによる誤った処分と評価される場合、と説明されています(『条解 行政不服審査法 第2版』5頁参照)。
具体的なケースにおいて、「疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」に照らせば「接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合」にあたるといえ、これに反して予防接種と疾病等との因果関係を認定せず、これを根拠とした処分(不支給決定)は不当である」として、処分の不当性の根拠として機能する余地があると考えられます。
不支給決定に対して争う場合、処分の不当性でも争えるという審査請求固有のメリットをできるだけ活用したいところです。
一方、審査請求では処分の不当性によっても原処分の取消をなし得ることは、実際の審査請求の審理では十分認識されておらず、処分の当不当の審理が行われない例が多いことが問題視されていた、といわれています(『条解 行政不服審査法 第2版』242頁参照)。
これは、私たち弁護士のできることが多い領域、ということでもあります。
【追記 2024.08.20】
予防接種健康被害救済制度の不支給決定に対する取消訴訟の裁判例で、疾病・障害認定審査会の判定基準や審査方針に言及したものがあります。
仙台インフルエンザワクチン被害医療費訴訟・控訴審(仙台高等裁判所昭和63年2月23日判決・判例タイムズ671号124頁)をとりあげます。
同判決は、
厚生大臣が、因果関係を認定するに際しその意見を聞くこととしている公衆衛生審議会予防接種被害認定部会(疾病・障害認定審査会の前身)の判定基準(以下の⑴~⑶)を十分に充たして因果関係を積極的に認定すべきであるにも関わらず、因果関係の認定を拒んだときは、救済制度についての法の趣旨に反して、法が救済を予定した健康被害者への救済を拒む結果をもたらすものとして違法
と判断しました。
- 当該症状が当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて、医学的合理性があるかどうか
- 当該症状がワクチン接種から一定の合理的な時期に発症しているかどうか
- 他の原因が想定される場合には、その可能性との考量を行うこと
同判決は、疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」による証明度の軽減によるのではなく、「高度の蓋然性」の水準で因果関係を認定できる、との判断をしています。
これが、不支給決定に対する取消訴訟での、裁判所側の標準的な判断の仕方だと思われます。
なお、同種の取消訴訟では、疾病・障害認定審査会のような証明度の軽減とは別に、「立証責任の転換」という手法を採用して健康被害者側の救済を図る事例があります。
同様の判定基準⑴~⑶のうち、と判示しています。
- ⑵については因果関係を主張する側(原告側)が立証責任を負い、
- ⑴と⑶については、因果関係を争う側(処分庁側)が、⑴と⑶の不存在についての立証責任を負う
ただし、上で触れた仙台高裁昭和63年2月23日判決は同じ訴訟の控訴審判決ですが、立証責任の転換は採用していません。
最高裁判例があるわけではないため、立証責任の転換の採否は、裁判所次第というべきでしょう。
疾病・障害認定審査会の「考え方」「方針」による証明度の軽減以外にも、被害者救済のために活用できる道具はあるということです。
ただ、立証責任の転換が想定されるのは主に取消訴訟となり、健康被害者側が立証責任の転換を主張した場合も採用するかどうかは裁判所側の判断事項になります。
健康被害者側の方針としては、立証責任の転換も主張しつつ、主方針は、白木四原則に依拠して、高度の蓋然性でもって因果関係を積極的に認定できる、と主張する部分になるでしょう。
弁護士 圷 悠樹