【時事】小林製薬 健康被害補償受付開始

この件、被害状況がかなり深刻であることが時を追うごとにわかってきています。
私自身、マルチビタミンのサプリを常用していますし、周囲も含めると小林製薬の製品とは普通に接点がありましたので、他人事とは思えません。

・当社の紅麹コレステヘルプ等の摂取により健康被害にあわれたお客様への補償について(小林製薬Webサイト・ニュースリリース)
https://www.kobayashi.co.jp/newsrelease/2024/20240808_01/

8月19日から、補償の本受付開始、とのことですが、ニュースリリースに「書かれていないこと」が、いくつか気になりました。
現時点では分からないこと、という意味で、今後の注目点ともいえます。

補償金額

補償金額は明記されていません。
補償の項目は、
  • 医療費
  • 慰謝料
  • 休業損害
  • 後遺障害による逸失利益
とされており、大枠として交通事故による損害賠償の枠組みによるようです。
賠償責任保険の適用の有無=保険会社の関与の有無、とも関わりがあるかも知れません。

もっとも、交通事故による損害賠償に準拠するのであれば、上記項目以外の損害(例:重篤後遺障害の場合の将来介護費)はどうなるのか、といった問題も出てくる可能性があります。

また、補償金額は小林製薬側から算定し提示するようですが、提示後の個別交渉を想定しているのかどうかも、現時点でははっきりしません。

補償手続、判定主体

因果関係や補償金額の判断プロセスについて、自社でするのか、社外の弁護士等に委託するのか、という点は、明記されていません。
賠償責任保険の適用の有無=保険会社の関与の有無、とも関わりがあるかも知れません。

賠償責任保険の適用の有無

上記のとおり、他の点と重なります。
賠償責任保険の適用があれば、支払能力の懸念はあまりない一方、補償判断に保険会社の意向が働く可能性があります。

因果関係

小林製薬のニュースリリースでは、「対象製品の摂取と腎関連疾患およびその他の症状の間に相応の因果関係が認められるお客様を対象といたします。」とされています。

おそらく補償における最大の焦点となります。
因果関係は主として事実関係の証明の問題ですが、いくつかの問題が複合しています。

広義の因果関係は、以下のような要素に分解できます。
  1. 健康被害者が対象製品を購入したか(購入事実)
  2. 健康被害者が対象製品を摂取したか(摂取事実)
  3. 健康被害者の症状が対象製品の摂取により発生したか(狭義の因果関係)

⑴(購入事実)は、販売チャンネルにより、証明のハードルが相当左右されそうです。
ニュースリリースによると、自社通販のほか、ECサイト販売やドラッグストアなどの店舗販売もあるようです。
自社通販であれば、小林製薬がエンドユーザーと販売製品のロットを把握しているのではないかと思われます。

ECサイト販売や店舗販売の場合、製品の現物や包装があれば証明になりますが、ない場合はどうなるでしょうか?
ECサイト販売の場合、製品の購入履歴は被害者側で取得可能と思われますが、購入製品のロットの特定ができるかどうかが問題でしょう。
店舗販売の場合、レシートを保管していても、製品の現物や包装がない場合、やはり購入製品のロットの特定が問題になりそうです。レシートも保管していないようだと、購入の証明自体が困難になりそうです。

C型肝炎(いわゆる薬害肝炎)の補償の場面では、国側が、対象ロットの血液製剤(特定フィブリノゲン製剤)の納品先医療機関リストを公開しています。
小林製薬の件では、対象ロットの製品が納品・販売された可能性があるECサイトや店舗の情報や納品・販売時期は公表されていないようです。
民間の領域なので公表にはいろいろハードルがありそうですが、今後、そうした情報の集約が何らかの形で必要になるかもしれません。

⑵(摂取事実)は、型どおりに証明を求められると意外と難しい問題があります。
一部減っている錠剤や包装などの現物があればそれを証明とできると考えられますが、そうした現物がない場合はどうなるでしょうか?
飲み終わったのでゴミは捨ててしまった、ということは普通にあります。一方で、飲まずに捨ててしまった、という可能性もあるといえばあるでしょう。
本人や家族の申し出でも、摂取事実を認めるかどうか、という問題です。

サプリメントの利用者は、多くの場合、積極的に自分で選んで購入しています。医師に指示されて処方される医薬品と比べ、より能動的です。
「購入して現存しないのであれば摂取した可能性が高いのではないか」という判断=事実上の推定をしても、不自然ではないと私は考えますが、人により幅があるところかもしれません。

⑶(狭義の因果関係)は、もっとも専門的な判断が必要となる点です。

原因物質とされる「プベルル酸」が、腎臓に対する毒性を有すること、腎疾患につながる一般的な医学的合理性・説明可能性があることは、現段階までにおおむね認められているようです。

これに加えて、疾患の特異性、具体的な症状である腎関連疾患などがどの程度特異性が強いものか、という視点が考えられます。

アスベスト健康被害における中皮腫が、特異性が強い疾患の代表でしょう。
石綿関連疾患の代表とされる中皮腫は、非常に特異性が強いとされ、
「中皮腫は、そのほとんどが石綿を原因とするものであり、中皮腫の診断の確からしさが担保されれば、当該中皮腫は石綿を原因とするものと考えて差し支えないと考える。」 「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報告書
平成18年2月・石綿による健康被害に係る医学的判断に関する検討会
といわれています。

石綿関連疾患は、石綿ばく露から長期間経過してから発症することがほとんどとされる点で特殊で、単純比較はできませんが、疾患の特異性が強い場合は因果関係を肯定する要素の1つになり得る、と考えられます。

また、サプリメントは、医薬品ではないので、薬理作用、つまり人体の生理機能への直接的な影響を想定していないはずです。
言い換えると、疾患の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強く、人体への生理機能への直接的な影響があったと考えられるようであれば、因果関係を肯定する要素の1つになり得る、と考えられます。

因果関係については、裁判例上、事実上の推定や立証責任の転換といった、被害者救済のための多くの積み重ねがありますが、まだ裁判手続を想定する段階ではありません。
当面は、小林製薬側が被害と補償の申し出を受け付け、因果関係の判断と補償金額の提示を行い、それに対して個別交渉が可能かどうか、という局面です。

今後の展開、被害者救済のために私たち弁護士の関与が必要になるかどうかは、小林製薬側の補償への姿勢に大きく左右されます。

弁護士 圷悠樹