予防接種健康被害救済制度Q&Aの追補・番外(予防接種健康被害救済制度の沿革)
予防接種健康被害救済制度についての私家版Q&Aでは、公表資料から、主に制度の現状の整理をしました。
その中で、
この制度は、近時は新型コロナワクチンの文脈で目にしますが、過去の予防接種禍の歴史と、関係者の活動の積み重ねが背景にあります。と書きました。
先人の蓄積に敬意を払うため、この制度の歴史的経緯を整理しておきたいと思っていました。
実用上も、裁判官などに制度の説明をしなければならないときが来るかもしれません。
この分野の歴史ということでは、語るのにより相応しい人が他にいるかもしれないことは、ご了解ください。
ただ、過去の予防接種禍や国家賠償請求・損失補償請求訴訟の歴史についてはある程度書籍などがありますが、予防接種健康被害救済制度に焦点をあてたものはほとんどなかったのではないかと思います。
『逐条解説 予防接種法』(中央法規・平成25年版)に、制度創設後の法改正の経過がまとめられていますが、ここでも制度創設時の議論はほとんど扱われていません。
制度創設時からの議論を見ることで、現状に対しても見えてくるものがあると思います。
そこで、私なりに整理したところをまとめました。
- 昭和45年7月31日付閣議了解
- 昭和51年3月22日付伝染病予防調査会答申
- 昭和51年予防接種法改正・制度創設
- その後の法改正の経過
- 制度改善の議論の経過
- 主な予防接種関連国家賠償請求訴訟の判決
- その他の補遺的事項
項目が「官」側の動きに偏っており、歴史的経緯の様相の一部にすぎませんが、ベースラインとなる事項ということで、ご了解ください。
1 昭和45年7月31日付閣議了解
この年、予防接種禍の社会問題化を受けて、閣議了解による臨時・緊急の措置として、予防接種健康被害の救済措置がはじまりました。
その内容を記した行政文書(昭和45年9月28日厚生省発衛第145号)を引用します。
予防接種事故に関する措置については、今後恒久的な救済制度の創設について検討することとするが、出典:炭谷茂・堀之内敬『予防接種法 逐条解説』ぎょうせい、1978年8月版、19~20頁
現に予防接種事故により疾病にかかり、もしくは後遺症を有し、又は死亡した者については、
当面緊急の行政措置として、国は地方公共団体の協力を得て次のような措置を講ずることとする。
第1 措置の目標第2 措置の実施
- 予防接種の副反応(通常生ずる副反応を除く。以下同じ。)と認められる疾病(副反応の疑いのある疾病を含む。以下同じ。)により、現に医療を必要とする者に対して、自ら負担した額に相当する額の給付を行う。
- 予防接種の副反応と認められる疾病に起因する後遺症を有する者に対し、次の区分により、給付を行う。
(厚生年金保険法に定める廃疾の程度1級~3級、障害を有するに至った時の年齢18歳未満/以上、で給付金額を区分 金額は省略)- 予防接種の副反応と認められる疾病により死亡した者については、次の区分により、死亡した者の遺族に対し、給付を行う。
(死亡時の年齢18歳未満/以上で給付金額を区分 金額は省略)国は、第1の措置に要する財源につき、その2分の1に相当する額を支出し、地方公共団体に対しては、国の措置に相当する額の支出を要請する。
・出典:炭谷茂・堀之内敬『予防接種法 逐条解説』ぎょうせい、1978年8月版、19~20頁(国立国会図書館デジタルコレクションでアカウント登録すれば閲覧可)
・該当部分をWeb上で閲覧できるもの:堀勝洋「社会保障法判例 児童の障害が種痘に起因すると認められ、予防接種法による障害児養育年金の不支給決定が取り消された事例」
https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/sh170408.pdf
救済の対象として、「予防接種の副反応と認められる疾病」に、副反応の疑いのある疾病を含む、とされています。
これが、現行の予防接種健康被害救済制度の、予防接種と疾病等の因果関係の認定方針の原型になっていると思われます。
また、障害として、厚生年金保険法の3段階の等級が参照されています。
これも、現行制度の「障害の状態」の障害等級の原型といえるでしょう。
2 昭和51年3月22日付伝染病予防調査会答申
上記のとおり、昭和45年の閣議了解では、今後恒久的な救済制度の創設を検討する、その間の緊急の行政措置、とされていました。
恒久的な救済制度の検討について、中核的な位置の文書が、伝染病予防調査会(当時)が行った答申です。
現行制度の基礎となった考え方が示されています。
伝染病予防調査会の「予防接種」に関する答申
昭和51年3月22日
厚生大臣 田中 正巳 殿
伝染病予防調査会長 豊川 行平答申書
(中略 別紙2より、健康被害救済の関連箇所を抜粋)第2 予防接種による健康被害に対する救済について日本医師会雑誌75巻7号717~723頁
- 必要性と性格
予防接種を受けた者のうちには、実施にあたり医師等の関係者に過失がない場合においても極めてまれにではあるが不可避的に重篤な副反応がみられ、そのため医療を要し、障害を残し、時には死亡する場合がある。
これら予防接種の実施に伴う無過失の健康被害に対しては、現在のところ現行実定法上救済される途がなく、また、たとえ接種者側に過失が予防される場合であっても司法的救済を得るための手続に相当の日時と経費が費やされるのが普通である。
昭和45年の閣議了解による救済措置は、このような予防接種による健康被害を受けた者の簡易迅速な救済をはかるための当面の措置として設けられたものであるが、法に基づく予防接種は、公共目的の達成のために行われるものであり、この結果健康被害を生ずるに至った被害者に対しては、国家補償的精神に基づき救済を行い社会的公正を図ることが必要と考えられる。
したがって、国は法的措置による恒久的救済制度を設けるべきである。- 対象とする予防接種及び健康被害
この制度において救済の対象とする予防接種は、法に基づいて実施した全ての予防接種とすべきである。
また、対象とする健康被害の範囲は、予防接種による異常な副反応に起因する疾病により被接種者が現に医療を要し、又は後遺症として一定の障害を有し、あるいは死亡した場合とすべきである。- 因果関係
この制度において救済の対象とするに当たっては、因果関係の立証を必要とすることはもちろんであるが、予防接種の副反応の態様は予防接種の種類によって多種多様であり、当該予防接種との因果関係について完全な医学的証明を求めることは事実上不可能な場合があるので、因果関係の判定は、特定の事実が特定の結果を予測し得る蓋然性を証明することによって足りることとするのもやむを得ないと考える。- 救済の実施
- 救済の実施主体は、当該健康被害の原因となった予防接種の実施主体と同一にすることが適当である。
- 救済のための給付(以下「給付」という。)を受けようとする者は、当該給付を行う実施主体によって、当該給付の支給要件に該当することについて認定を受けることとすべきである。また、実施主体は認定を行うに当たって、あらかじめ厚生大臣に協議することとし、厚生大臣は専門家、学識経験者等による医学的立場からの見解を十分徴したうえ意見を述べることとするのが適当である。
- 認定は必要に応じ有期認定とし、当該期間を経過した時点で認定の更新を行うこととするのが適当である。
- 給付に関する処分に不服のある者は、処分を行った主体に異議申立てができることとし、その結果についてなお不服があるときは、厚生大臣に審査請求をすることができることとすべきである。
- 給付の種類及び内容
給付の種類及び内容は次のとおりとし、養育手当、障害年金等の給付水準を定めるに当たっては、被害者の生活能力の減退等本事案に関する特殊な要素を勘案するとともに、他の公的な補償制度の給付水準との均衡等を考慮し、社会的にみて妥当な額とすべきである。
- 医療費
予防接種の異常な副反応に起因する疾病にかかっている者に対し、当該疾病に係る医療費の負担が生じないよう措置する。
ただし、障害年金の支給について認定を受けた時以後は措置の対象としない。- 療養手当
医療費の支給を受けている者に対し、入院、通院等医療に伴い必要な諸雑費にあてるために支給する。- 養育手当
予防接種の異常な副反応に起因する疾病により一定の障害を有する者の養育者に対し、その障害を有する者が18歳に達するまでの間、障害の程度に応じて、月を単位として支給する。- 障害年金
予防接種の異常な副反応に起因する疾病により一定の障害を有する18歳以上の者に対し、障害の程度に応じて、月を単位として支給する。- 遺族一時金
予防接種の異常な副反応に起因する疾病により死亡した者の遺族に対して支給する。
ただし、その死亡者が障害年金を受けていた場合には減額して支給する。- 葬祭料
予防接種の異常な副反応に起因する疾病により死亡した者の葬祭を行う者に対して支給する。- 福祉事業
国及び地方公共団体は、健康被害を受けた者の福祉を増進するため、補装具の支給及び修理を行う等必要な福祉に関する事業について全般的な社会保障の施策のなかで十分配慮する必要がある。また、健康被害の影響は教育、就職等広い範囲に及ぶので、就学、技能習得、職業指導等について関係行政機関との有機的連けい及び協力等に十分配慮して積極的にこれを行うべきである。- 費用負担
予防接種による健康被害に対する救済に要する費用については、国、都道府県及び市町村がそれぞれ応分の負担をすることとするのが適当である。- 経過措置
本法による給付は、本法施行以後に実施した予防接種の異常な副反応に起因する健康被害について行うことを原則とするが、本法施行前に実施した予防接種に係る健康被害を受けた者であって、本法施行の際現に昭和45年閣議了解に基づく措置の対象となっているものについては、新たに本法による認定を受けた者に対し養育手当又は減額した障害年金を支給する等の措置を講じ、本法による給付を行うこととするのが適当である。- 健康被害の防止対策
国及び地方公共団体は、予防接種による健康被害に対する直接的な救済にとどまらず、その防止のため、迅速かつ適切な医療措置、事故の本態の究明、事故防止対策の研究開発、予診等実施時における運用の改善等についての対策を積極的に推進すべきである。
出典:日本医師会雑誌75巻7号717~723頁(国立国会図書館デジタルコレクションでアカウント登録すれば閲覧可)
予防接種を受けた者のうちには、実施にあたり医師等の関係者に過失がない場合においても極めてまれにではあるが不可避的に重篤な副反応がみられ…
法に基づく予防接種は、公共目的の達成のために行われるものであり、この結果健康被害を生ずるに至った被害者に対しては、国家補償的精神に基づき救済を行い社会的公正を図ることが必要と考えられる。
という箇所です。
別記事でも触れたとおり、法的な損害賠償における「過失責任主義」とは異質な考え方がとられています。
憲法の規定を根拠とする「損失補償」といわれる考え方に近いですが、「国家補償的精神に基づき救済を行い社会的公正を図る…」とあり、あえて「損失補償」という表現を避けていると考えられます。
後述の国会審議で出てくる「損害賠償ではない」という表現も、同じことを別の観点から言ったものです。
ちなみに、損失補償的な法令上の規定の例として、代表的な土地収用法のほか、消防法(29条3項)、家畜伝染病予防法(60条の2)、植物防疫法(20条)などがあります。
因果関係の判定は、特定の事実が特定の結果を予測し得る蓋然性を証明することによって足りることとするのもやむを得ないと考える。という箇所です。
現行の予防接種健康被害救済制度では、因果関係の認定について、
- 症状の発生が医学的な合理性を有すること
- 時間的密接性があること
- 他の原因によるものと考える合理性がないこと
- 「厳密な医学的な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」との方針で審査を行っている。
因果関係の考え方についてはもう少し整理が必要ですが、現行制度の審査方針は、昭和45年閣議了解、昭和51年伝染病予防調査会の答申との連続性の中にあり、行政側が自由裁量的に設定したものではない(よって自由裁量的に変更できるものでもない)、と考えられます。
3 昭和51年予防接種法改正・制度創設
改正法案の国会審議での政府側の説明で、いくつか焦点があります。
- 損失補償類似の制度ということから、損害賠償ではないと強調していること
- 因果関係の認定基準
- 補償内容、特に障害の等級の設定の仕方
・第77回国会 衆議院 社会労働委員会 第9号 昭和51年5月14日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=107704410X00919760514¤t=252
186 寺前巖(出席委員)
○寺前委員 こういうようなものをやる場合には、事前に大体全面的な調査に取り組んで、同時にこういうことをやっていくというのが私は常識だろうと思いますので、調査の問題については、改めて御検討いただきたいということを申し上げたいと思うのです。
それからその次に、今度のこの法改正によって、これは被害者に対してどういう性格を持ってくるのか、これは国として賠償をしようというのか、補償というのか、救済というのか、一体どういう性格を持っているのかということについてお聞きしたいと思うのです。
187 佐分利輝彦(政府委員 厚生省公衆衛生局長)
○佐分利政府委員 新制度の名称は、あくまでも救済制度でございます。そこで、その内容の性格でございますが、はっきり申し上げまして、損害賠償制度ではございません。また、いわゆる社会保障制度でもございません。このような国や地方公共団体の行政行為に基づく被害につきまして、特に生命とか身体の被害につきまして、しかも無過失の場合に救済をするというような制度は全く新しい制度でございます。そのような関係から、従来の判例も、定説もないわけで、諸説が紛々としておるわけでございますけれども、私どもといたしましては、公的補償の精神に基づいた救済制度であると考えております。
188 寺前巖
○寺前委員 この間、新聞の夕刊に、今度の法律に基づいて実施される政令事項がずっと載っておりました。死者に対しては千百七十万円とかあるいは十八歳以上の後遺症については十三万九千円とか幾つかの数字がそこには出ておりました。これを見て被災者の方がすぐに電話をかけてこられたのは、話が違うではないかということでした。ですから、それまでにいろいろ言われておったのだろうと思うのです。新聞を見ると、当初千八百万円の話があったとか、いろいろ書かれています。問題は、そういう被災者の方々の感情です。その感情は、国の責任で国民に義務づけて罰金の制度まで持って、そしてなされたものに対して、精神的弁済はこの中には入っているのかどうか、少なくとも交通事故の自賠を見ても千五百万円が死者に払われているし、あるいは裁判によっては二千万から五千万という数字も出ているじゃないか。サリドマイドの場合は四千万も出ているじゃないか。だから少なくとも、そういう精神的弁済、慰謝料という性格のものがこの中には考えられるべきだと思うけれどもという、そういう内容の電話が多うございました。
さて、今度のこれには慰謝料という性格は入るんですか入らないんですか、どうなんでしょうか。
189 佐分利輝彦
○佐分利政府委員 ただいまも申し上げましたように、この制度は損害賠償の制度ではございません。したがって、慰謝料は考えておりません。しかし公的補償的な精神に基づいた制度でございますので、約二割の慰謝的上積みをいたしております。
190 寺前巖
○寺前委員 慰謝的上積みと言うたら、どういうことになるのですか。精神的弁済は二割考えているということなんですね。やはり慰謝料なんですな。慰謝的弁済ってどういうことなんですか。やはり慰謝料なんでしょう、わかりやすく言ったら。そこのところはどうなんですか。全面的慰謝料ではないのだ、何ぼか慰謝料が入っているのだ、こういうことですか。そこはどうなんですか。
191 佐分利輝彦
○佐分利政府委員 その点につきましては、これは見解の相違になってくるかと思います。また慰謝料が幾らであるべきかということにつきましても、定説がございませんで、判例等によってまちまちだという現状でございます。しかし私どもは、この二割の上積みは慰謝料とは考えておりません。やはり慰謝的上積みでございまして、国がそれだけの敬意を表したということであります。(中略)
207 寺前巖
第77回国会 衆議院 社会労働委員会 第9号 昭和51年5月14日
○寺前委員 過去の方々が不利益にならないように、そして、むしろ長い間御迷惑をおかけしておったのですから、逆に、先ほどのお話ではないけれども、別な意味からのまた慰謝的要素を含めてこの問題についての対処をお願いして次に入りたいと思います。
今度の中でも、認定制度という問題が出されてきます。認定制度が出てくると、必ず問題になるのは、挙証責任の問題が問題になります。これは被爆者援護法の場合にも証明問題というのが、自分がしなければならない、それはもう過去の問題は無理だという問題、いろいろ出てきます。そこで、被爆者援護法の場合には、疑わしきものはすべて認定するという医療上の立場をおとりになって、そしてこの間もここで明らかにされました。この種痘禍その他の問題についても、従来閣議決定事項としてそういう態度をとっておられたやに私は聞くのですが、今度のしっかり法制化した段階において、この疑わしき場合は認定するという態度をとられるのかどうかを確かめたいと思うのです。
208 佐分利輝彦
○佐分利政府委員 御要望のとおり、今後も疑わしきものは認定するという方針で臨みます。
209 寺前巖
○寺前委員 その次に、被害級数の問題です。
今度の政令事項の内容を見ていると、従来は三級まであったものが二級までになっているという分野があるのですが、これは一体どういうことなんだろうか。これは制度の違う級の問題なのかどうか、そこをひとつ御説明いただきたいということと、交通事故なり労災の場合には、十四級までの軽症が対象になっています。軽症の問題については、全然触れておらないように思うのだけれども、この軽症問題はどう取り扱われるのか、地方自治体では、たとえば神戸などでは、軽症問題を特別にめんどうを見られることをやっておられるけれども、軽症問題はどうお考えになっておられるのか、お聞きしたいと思うのです。
210 佐分利輝彦
○佐分利政府委員 まず第一に、新しい制度の障害児養育年金の級数が一級、二級となっておりまして、従来の後遺症一時金の一級、二級、三級よりも少し厳しくなっているではないかという御質問でございますが、これは先生がただいまおっしゃいました制度が変わってくるということでございます。
具体的に申しますと、現在の一級、二級、三級は、この部分についても厚生年金の一級、二級、三級を使っているわけでございますけれども、特にこういった十八歳未満の連中は、乳幼児だとかあるいは児童生徒でございますので、大人の障害等級を適用するところにはいささか問題がございます。そこで、私どもといたしましては、特別児童扶養手当の障害等級、こういったものに準じて新しい障害等級を考えたいと思っているのでございまして、その際、現在の三級が新しい二級に入ってくる、また現在の二級の一部は新しい一級に入ってくる、そのようなことを考えているわけでございます。
次に、交通災害とか労災では十四級まで、軽いものまで一時金でお世話しているではないかという御指摘でございますが、そういった十級以降の障害というのは、すぐれて慰謝料的なものになってくるわけでございますので、損害賠償の制度であれば、そこまで考えるべきでございましょうが、私どものような公的補償的な制度といった場合には、そこまで考える必要はないと考えております。
・第77回国会 参議院 社会労働委員会 第6号 昭和51年5月20日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=107714410X00619760520¤t=257
294 沓脱タケ子(出席委員)
第77回国会 参議院 社会労働委員会 第6号 昭和51年5月20日
○沓脱タケ子君 それから今度の障害等級の四級以下の救済については、何かお考えですか。
295 佐分利輝彦(政府委員 厚生省公衆衛生局長)
○政府委員(佐分利輝彦君) 考えておりません。
296 沓脱タケ子
○沓脱タケ子君 考えておらない、そうすると厚生年金の一級から三級までということと同じ考え方ですか、こんな社会保険と同じ立場でしか考えないというふうなのはむちゃくちゃですね。少なくともこれは予防接種による被害の救済という立場をおとりになるんなら、独自の等級というものをお決めになる必要がなかろうかと思いますが、その点はいかがでしょう。
297 佐分利輝彦
○政府委員(佐分利輝彦君) 従来は厚生年金の障害等級を使ってまいりましたけれども、今後は予防接種事故の被害者は大部分が乳幼児であるという点に着目いたしまして、端的に申しますと、内部障害、また従来の障害等級が労働能力の喪失に重点を置いておりますが、私どもは生活能力の喪失、あるいは就学能力の喪失、そういった点に重点を置いて、そういう意味では特別児童扶養手当の障害等級、こういったものも勘案いたしまして、適正な障害等級を考えたいと思っております。なお、四級以下の軽いものになってまいりますと、慰謝的な要素が強くなっておりますので、私どもは対象といたしておりません。
298 沓脱タケ子
○沓脱タケ子君 四級以下は慰謝的な要素が強くなってくるから考えておりませんと、こういうことですか。——そうすると今度の法案では、慰謝的要素というのは一つもないわけですか。
299 佐分利輝彦
○政府委員(佐分利輝彦君) 若干の慰謝的配慮は、一級、二級、三級あるいは死亡者については考える所存でございます。
300 沓脱タケ子
○沓脱タケ子君 その若干のがいいか悪いかという問題はあるのですけれども、それ以前の問題ですが、死亡者と一級、二級、三級には若干の慰謝的要素が盛り込まれるのに、同じ被害者であるのに、四級以降は少しも考えないというのは、これはどういうことなんですか。
301 佐分利輝彦
○政府委員(佐分利輝彦君) 前から申し上げておりますように、今回御審議願っております制度は、損害賠償ではないわけでございます。損失補償的な制度でございます。そういう関係で、そのような結論になるわけでございますが、なおちなみに公害健康被害補償制度におきましても四級以下はないわけでございます。
302 沓脱タケ子
○沓脱タケ子君 大臣、あれですね、慰謝的要素というのは、多いとか少ないとかいう問題というのは、これは論ぜられてはおりますが、しかし若干でもそういうものをつけるということになれば、これは障害度の等級の軽重にかかわらず、少なくともそれは付与されるべきではなかろうかと思いますが、そういうことを御検討になるお考えはございませんか。
303 佐分利輝彦
○政府委員(佐分利輝彦君) ただいまのところございません。
304 田中正巳(厚生大臣)
○国務大臣(田中正巳君) 各般の制度との関連において、やっとここの辺の一応のシステムを立てたわけでございます。したがいまして、いろいろと御要望も世間にはまだあるだろうと思いますが、ただいまのところはこれでいきたいと思いますが、将来の検討課題としては、私は考えていく必要はあろうかと思います。
いろいろ言いたくなる箇所がありますが、ポイントを整理します。
「…予防接種事故の被害者は大部分が乳幼児であるという点に着目…」
「…生活能力の喪失、あるいは就学能力の喪失、そういった点に重点を置いて、…」
という政府側の説明から、救済制度の対象として、乳幼児、小児を中心に想定していると考えられます。
そのため労働能力の喪失の補償ではなく、生活能力の喪失の補償という考え方だといっています。
「(障害について)現在の一級、二級、三級は、この部分についても厚生年金の一級、二級、三級を使っているわけでございますけれども、特にこういった十八歳未満の連中は、乳幼児だとかあるいは児童生徒でございますので、(中略)特別児童扶養手当の障害等級、こういったものに準じて新しい障害等級を考えたい…」
障害の等級については、成人は国民年金・厚生年金保険、未成年は特別児童扶養手当、の障害等級をもとにしていることを述べています。
「…四級以下の軽いものになってまいりますと、慰謝的な要素が強くなっておりますので、私どもは対象といたしておりません。…」
救済給付は慰謝料ではない、損害賠償ではない、と繰り返し述べられています。
弁護士としては、「障害の等級が一定以下だと慰謝料的要素が強くなる」というのは説明としてはかなり不明確に感じます。
私なりに推測を交えて文意を補うと、「生活能力の喪失」の補償=将来介護費的な性質、よってある程度以下の障害については将来介護費という説明はしにくい、そのため慰謝料的要素が強くなる、という趣旨かも知れません。
もっとも、障害年金・障害児養育年金については平成6年から介護加算が設けられたので、障害年金・障害児養育年金の全体について将来介護費的な性質という説明は成立しにくいです。
やはり、上記の政府側説明はよくわかりません。
成人の健康被害であれば、軽度~中程度の後遺症でも労働能力の喪失(=逸失利益)が生じますが、等級外の後遺症による成人の労働能力喪失をカバーしていない、というミスマッチを生んでいます。
ただ一方で、担当国務大臣(厚生大臣)が、障害の等級問題について、
「ただいまのところはこれでいきたいと思いますが、将来の検討課題としては、私は考えていく必要はあろうかと思います。」
と述べていることには、注目に値すると考えます。
4 その後の法改正の経過
関連法令の改正などで、予防接種健康被害救済制度との関係で重要と考える点を拾っておきます。改正経過の全部ではないので、ご留意下さい。
新型コロナワクチンにつながる事項としては、「臨時接種」の類型が重要です。
なお、改正経過を経て予防接種健康被害救済制度の給付金額は段階的に引き上げられていて、例えば障害年金3級の額(年額)は、設立当初:81万6000円⇒現在:320万2800円となっています。
⑴昭和55年 医薬品副作用被害救済制度開始
予防接種法上の予防接種(法定接種)による健康被害は予防接種健康被害救済制度の対象になります。
一方で、予防接種法によらない予防接種(任意接種)の場合は、予防接種健康被害救済制度の対象ではありません。
これを補償するのが、「医薬品副作用被害救済制度」です。
その後、平成14年の独立行政法人医薬品医療機器総合機構法成立により、独立行政法人医薬品医療機器総合機構の業務とされ、現在に至ります。
私見ですが、救済制度の広報面では、医薬品副作用被害救済制度の方がすぐれています。
例えば、障害年金の対象となる障害の等級表や、その判断に関わる「症状固定」の考え方の説明も、Web上で見ることができます。
⑵平成6年予防接種法改正
それ以前の予防接種法にも「臨時接種」というものがありましたが、現在の形になったのは、このときからです(予防接種法6条1項2項の臨時接種)。
それまでの臨時接種は、季節性インフルエンザの予防接種も想定していましたが、この改正で、法定疾病の「まん延予防上緊急の必要があると認めるとき」の予防接種、として整理されました。
また、この改正で、接種義務の規定と罰則規定が削除され、接種の努力義務とされました。
⑶平成13年予防接種法改正
予防接種の対象疾病(法定疾病)について、一類疾病及び二類疾病(後の法改正で一類⇒A類疾病、二類⇒B類に名称変更して現在に至る)の区分が設けられました。
二類疾病としてインフルエンザが規定されるとともに、二類疾病に係る定期の予防接種による健康被害の救済給付が追加されました。
⑷平成23年予防接種法改正(+平成21年新型インフルエンザ予防接種による健康被害の救済に関する特別措置法)
新型インフルエンザを契機とした法改正です。
新感染症の大流行(パンデミック)への対策としてワクチン接種が位置づけられ、乳幼児、小児に限らず幅広い年齢層の接種が想定されるようになったのも、新型インフルエンザの時からといえるでしょう。
平成23年の法改正で、将来的な、新型インフルエンザ等の感染力が高いが病原性の高くない新型インフルエンザに対するワクチンの接種を想定し、新たな臨時接種(新臨時接種)の類型が設けられました。
個人予防に重点があり、対象者には接種の努力義務もありません。
また、予防接種法施行令の改正で、新臨時接種の場合の健康被害の救済給付額が定められました。
従来と異なる点として、死亡一時金について「生計維持者である場合」「生計維持者でない場合」とで区分され、前者の方が金額が大きく設定されています。
(なお、死亡一時金について、配偶者以外の親族の場合に生計同一性要件があることは変わりありません)
次の項目で述べるとおり、過去の制度改善の議論で、予防接種の対象年齢を広げる場合の、死亡一時金の金額への年齢の反映の中長期的検討、があがっていました。
上記は、「生計維持者」かどうかという観点から、予防接種の対象範囲=健康被害者の範囲の拡大への対応を反映したもの、とみることもできそうです。
ただ、これはあくまで新臨時接種の話で、それ以外の定期接種や臨時接種にはこうした区分はありません。
なお、紛らわしいですが、当初の新型インフルエンザワクチンの接種事業は、新臨時接種の類型ができる前のことで、健康被害救済制度については、特別措置法により予防接種法とは別建ての制度とされていました。
こちらは、国が直接申請を受け付け、支給/不支給の決定を行う形です(予防接種法上の予防接種健康被害救済制度は、市町村が申請を受け付け、最終的に支給/不支給の決定を行う)。
⑸令和2年予防接種法改正(新型コロナ関連)
新型コロナウイルス感染症と新型コロナワクチンの予防接種の経過は、同時代の私たちは周知のとおりです。
新型コロナワクチンの接種は、予防接種法の改正により、それまでの臨時接種・新臨時接種とはさらに別の類型として行われました。
いわゆる「特例臨時接種」です。
対象者は接種の努力義務があります(例外もあり)。
国・地方公共団体間の費用負担の分配も他の臨時接種類型とは異なり、基本的に国庫負担でした。
(予防接種健康被害救済制度の給付の費用負担も同様で、このことと、救済制度の支給/不支給決定の主体(処分庁)を市町村とすることとの間にはある種のズレがあります)
おそらくはじめて、現在進行形のパンデミックへの対応として、全年齢層に短期的・集中的に予防接種を実施する政策がとられました。
新型コロナワクチンの累計接種回数は、令和6年3月30日までで約4億3600万回です。
このうち高齢者分が約1億9300万回、小児分が約450万回です。
・新型コロナワクチンの接種回数について (令和6年4月1日公表)(厚生労働省Webサイト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/yobou-sesshu/syukeihou_00002.html
そのため、健康被害も全年齢層で発生することになります。その大部分は成人・高齢者でしょう。
現行の予防接種健康被害救済制度は、おそらくはじめて、多数の成人・高齢者の健康被害に直面している状況にあります。
⑹ポストコロナの諸改正(令和4年予防接種法改正など)
新型コロナワクチン関係では、「特例臨時接種」が令和5年度で終了し、令和6年度からは、主に高齢者を想定したB類の定期接種と、予防接種法に基づかない任意接種のいずれかとなります。
前者は予防接種健康被害救済制度の対象ですが、後者は隣接制度の医薬品副作用被害救済制度の対象となります。
なお、前者のB類定期接種分も、これまでの特例臨時接種分とは、給付の種類や金額が異なってきます。
また、令和4年の予防接種法改正(令和6年4月1日施行)で、「新臨時接種」の類型はなくなり、新たに「特定B類疾病」という類型が設けられました。
国会審議では、対象疾病は新臨時接種と変わりない、との説明がなされています(国会会議録検索システム 第210回国会 参議院 厚生労働委員会 第5号 令和4年11月15日を参照)。
健康被害救済制度上の給付金の額についても、特定B類疾病は「生計維持者」かどうかで死亡一時金の金額を区分しており、新臨時接種を踏襲しているようです。
5 制度改善の議論の経過
全部はフォローできていないと思いますが、予防接種健康被害救済制度に関する行政サイドの制度改善の議論について、平成6年予防接種法改正後のものを拾っておきます。
これらの中で提示された論点には現在までつながるものがあり、また実際に制度変更に至ったものもあります(例:審査請求に対する厚労大臣、疾病・障害認定審査会の関与の有無についての平成18年の運用変更)。
ただ、厚生労働省は平成24年の時点での結論として「現行通り」として制度改善の議論をまとめてしまっています。
⑴公衆衛生審議会伝染病予防部会 予防接種問題検討小委員会 中間報告(平成10年12月21日)
https://www.mhlw.go.jp/www1/shingi/s9812/s1221-1_11.html
- 定期の予防接種において、定められている接種の期間外に接種を受けたことに伴う健康被害については、予防接種法に基づく健康被害救済制度ではなく一律に医薬品機構による一般医薬品の場合の救済と同様の取扱いとなるが、対象年齢の拡大、海外に渡航する場合、海外から帰国する場合、国内にいても止むを得ない事由で期間内に接種を受けられなかった場合等に一定の例外を設けることの是非について、さらに検討を進めることが必要である。
- 予防接種法の対象疾患の範囲についての具体的検討の結果として乳幼児及び学童以外の年齢の者が加わる場合には、健康被害救済の対象者の年齢の範囲が広がることになるため、年齢を反映させた給付額の設定について、給付の種類に応じて検討する必要がある。
- 予防接種と健康被害の因果関係の有無の判定は極めて難しい問題であり、専門的観点から検討が必要であるが、因果関係の有無やその判断理由、蓋然性の程度等について、健康被害者やその保護者に対して的確に伝えることが重要である。
- 因果関係の蓋然性の程度に応じて給付に差を設けるという考え方については、和解の場合等の当事者間の協議を念頭においたものであり、行政認定にはなじまないと考えられること、因果関係の認定事務が非常に煩雑となる可能性があること、給付額の確定事務も繁雑になること等から問題が多いと考えられる。
- 給付の内容について、国による接種の勧奨が同程度になされるならば、接種の目的が異なっても給付の内容に差をつけるべきではないと考えられる。
- 給付の種類について、介護手当は現行の予防接種法においては障害児養育年金又は障害年金受給者に対する介護加算として位置づけられているが、障害児養育年金等と独立した単独の給付の種類とすることについて検討するべきである。
- 介護加算又は介護手当については、給付の金額の問題だけではなく、施設整備等、十分な介護サービスが適切に提供できる体制づくりについて検討を進めるべきである。
- 都道府県に対する審査請求についての判断を行う際に、公衆衛生審議会とは別個の審査のための委員会等を設けて実施するべきとの意見もあり、その必要性、現実性等を踏まえた上で、当初の公衆衛生審議会認定部会との独立性を担保した再審査体制を構築する必要がある。
- 都道府県に対する審査請求の審理に当たって、制度上、その手続の明確化が重要であり、都道府県が厚生大臣に見解を求めること及びその場合の手続を明確にしていく必要がある。
⑵公衆衛生審議会感染症部会 予防接種問題検討小委員会 報告書(平成11年7月5日) ※⑴の委員会の最終報告
https://www.mhlw.go.jp/www1/shingi/s9907/s0705-1_11.html
- 基本的考え方
- 介護手当の独立給付化(中間報告と同趣旨)
- 介護サービス提供体制の充実(中間報告と同趣旨)
- 定期の予防接種の接種期間の弾力化(中間報告と同趣旨)
- 健康被害の認定根拠の明確化(中間報告と同趣旨)
- 審査請求制度の適正化(中間報告と同様の論点 平成18年に運用が変わり、審査請求の審理に厚生労働大臣と疾病・障害認定審査会の関与がなくなり、論点がなくなった)
- その他(死亡一時金への年齢の反映の中長期的検討の必要、予防接種と健康被害の因果関係の蓋然性の程度に応じて給付に差を設けるという考え方は問題が多いと考えられること)
⑶予防接種制度の見直しについて(第一次提言)(平成22年2月19日)(厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000004g8a-img/2r98520000004gag.pdf
引用省略(新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)への対応としてのワクチン・予防接種政策の検討に力点があり、健康被害救済制度については新型インフルエンザワクチンの健康被害救済の給付水準程度しか言及されていません。)
⑷これまでの主な議論の中間的な状況の整理等について(平成23年7月25日)(厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001k585-att/2r9852000001k59m.pdf
○また、現在、健康被害救済の認定については、疾病・障害認定審査会感染症・予防接種審査分科会において行われているところであるが、
健康被害救済の認定においては、その迅速な審査対応を確保しつつも、
医学的観点から予防接種と健康被害との因果関係について検証を十分に行えるよう、知見を集積することが重要であるとする旨の意見があった。
⑸予防接種制度の見直しについての検討案(平成23年9月29日)(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001q2u2-att/2r9852000001q2xz.pdf
健康被害救済制度については、評価・検討組織とは独立して、客観的・中立的な立場から、引き続き、疾病・障害認定審査会で実施する。
⑹予防接種制度の見直しについて(第二次提言)(平成24年5月23日)(厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002b6r0-att/2r9852000002b6wl.pdf
健康被害救済制度については、健康被害救済に係る審査を迅速に行い、必要な救済給付を円滑に実施することが重要であり、
引き続き疾病・障害認定審査会において、評価・検討組織とは独立して客観的・中立的な立場から審査を実施するなど、現行通り実施する。
⑺【参考】隣接制度である医薬品副作用被害救済制度についての制度改善の議論
ワクチン接種のうち、予防接種法による予防接種ではないもの、つまり「任意接種」により健康被害が生じた場合には、予防接種健康被害救済制度ではなく、医薬品副作用被害救済制度の対象となります。
この制度は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構が窓口となっており、広報なども比較的積極的です。
この制度についても制度改善の議論がなされています。
・健康被害救済制度の運用改善等に関する検討会とりまとめ(令和4年3月8日)(健康被害救済制度の運用改善等に関する検討会)
https://www.pmda.go.jp/files/000245548.pdf
- 手続の簡素化、合理化
- オンライン請求の実現等による利便性の向上
- 請求書の記載要領の検証と請求書作成の支援
- 給付までの期間短縮のための検討
- 請求書類の合理化・縮減
- 救済制度の周知の徹底
- 救済制度の周知の徹底
- 給付に関する情報等の提供
- 「お薬手帳」の活用
- 一般国民に向けたより効果的な広報の検討・実施
- その他
- 一般国民に対する支給事例等の情報提供
- 医師とのコミュニケーションの円滑化を図るための取組み
- 受給者カードの活用
6 主な予防接種関連国家賠償請求訴訟の判決等
予防接種健康被害救済制度は、予防接種禍の国家賠償請求訴訟の経過と密接な関わりがあります。
また、法律家としては、先人の積み重ねとして吸収しなければならない領域でもあります。
ただ分量的にはここが最大になりかねないので、本記事ではおおまかな経過のみ記します。主なもののみですので、他にも同種の国家賠償請求は複数あります。
- 最高裁第一小法廷昭和51年9月30日判決(インフルエンザ予防接種訴訟)
接種医の適切な問診を尽くす義務と、適切な問診を尽くさず副反応が生じた場合の過失の推定を判断 - 東京地方裁判所昭和59年5月18日判決(東京予防接種禍訴訟 一審判決)
論点は多数あるが、憲法29条3項による損失補償での救済を認めた 以降同様の裁判例が複数登場 - 最高裁第二小法廷平成3年4月19日判決(小樽種痘予防接種訴訟)
予防接種による副反応が発生した場合、被接種者の禁忌者該当性が推定されると判断 - 東京高等裁判所平成4年12月18日判決(東京予防接種禍訴訟 控訴審判決)
損失補償を認めず、国の国家賠償責任を認めた 国側の過失として、禁忌該当者に予防接種を実施させないための十分な措置をとらなかった厚生大臣の過失を認定 これ以降の裁判例は損失補償ではなく国家賠償責任で救済する方向へ - 最高裁第二小法廷平成10年6月12日判決(東京予防接種禍訴訟 上告審判決)
改正前民法724条後段(最高裁判例では除斥期間とされている)について、被害者が不法行為を原因として心神喪失の常況にある場合の例外を判断 - 大阪地裁平成15年3月13日判決・大阪高裁平成18年4月20日判決(MMRワクチン予防接種訴訟)
ワクチン製造者の製造方法の無断変更について、国の監督義務違反の過失を認定 - B型肝炎訴訟最高裁第二小法廷平成18年6月16日判決
集団予防接種における注射器の連続使用とB型肝炎罹患との因果関係を認定し、国の国家賠償責任を認めた
B型肝炎は副反応ではないが、予防接種時の注射器の連続使用が原因という、予防接種行為に起因する広義の予防接種禍といえる - HPVワクチン予防接種訴訟(係属中)
HPVワクチンの予防接種禍については、平成28年から各地で訴訟に現在係属中で一審判決はまだ出ていない
7 その他の補遺的事項(支給決定にあたっての大臣のお見舞いの言葉のエピソード)
昭和51年予防接種法改正による予防接種健康被害救済制度の創設後、歴代厚生大臣がお見舞いの言葉を出していた、という話があります。
具体的には、
…○○殿には予防接種を受けたことにより不幸にも廃疾状態になられました。
これは社会防衛のための尊い犠牲であり、誠にお気の毒にたえません。
ここに予防接種法により障害児養育年金をお届けしてお見舞い申し上げます。…
という内容だったそうです。
・出典:秋山・河野・小町谷編『予防接種健康被害の救済ー国家賠償と損失補償ー』信山社・2007年、140頁(弁護団座談会での山川弁護士の発言)
当時の時代背景や年齢層・生まれ育った時代もあるでしょうし、現在はどのようになっているかは不明です(少なくとも、「廃疾」という表現は使っていないでしょう)。
ただ、自分がもしも被害当事者やその身内だったなら、「社会防衛のための尊い犠牲」などと他人からいわれる筋合いはない、「アンタの言葉で私たちを語るな」と反発していたかもしれません。
それに、「社会防衛のための尊い犠牲」だから救済給付をお届けする、というなら、予防接種健康被害救済制度の対象外となってしまった健康被害者は一体何なのか。
私自身は新型コロナワクチンを4回目まで接種しましたが、と断りをしたうえで。
ワクチンの接種を忌避したいと思う心情、の本質の一端がここにあると感じます。
社会防衛のために副反応のリスクを負う、集団のために個人が犠牲を払う、という話ですから。
特に新型コロナワクチンは、「特例臨時接種」という法制度上の扱いからも、社会防衛の側面が強く出ていました。
現在進行形の新感染症の大流行(パンデミック)への対処として、政策的に全年齢層に短期間にワクチンを接種する、ということは、おそらく新型コロナワクチンが初めてのことだったと思います。
新感染症の危険性をどう考えるか、自身の感染リスクと重症化リスクをどう考えるか、一方でワクチンの禁忌事由の有無、副反応のリスクをどう考えるか、責任ある市民としての義務は。
新型コロナワクチンの接種のとき、多くの方がいろいろなことを考えて、葛藤されたのではないでしょうか。
私自身の決め手になったのは、アメリカの現職大統領と前大統領の2人、政治的には非常に対立していた2人が、どちらも自分自身の新型コロナワクチン接種という行動では一致した、ということでした。
人それぞれに悩みや葛藤があったと思いますが、それでも、「社会防衛のための尊い犠牲」などという考えで接種を受けたりはしなかったでしょう。
予防接種健康被害救済制度は、きちんと機能しているでしょうか。
それは、私たちがいる日本の社会が、個人に犠牲を強いる在り方をまだ続けているのか、いくらかは良くなっているのか、その試金石ではないでしょうか。
弁護士 圷悠樹