【時事】大手製造業企業子会社に下請法違反で勧告
大手製造業企業系のグループ子会社に、公正取引委員会が下請法違反で勧告をした、というニュースがありました。
令和6年7月5日付公正取引委員会の勧告です。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/240705_ToyotaCustomizingandDevelopment.html
今回のニュースの事例は勉強になりました。
下請法違反というと、まず「下請代金の減額の禁止」が思い浮かびます。実際、公取委の勧告事例でも多いようです。
ただ、今回報道されたケースは、それとは別のタイプです。
公取委の公表した概要を見てみましょう。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/240705_ToyotaCustomizingandDevelopment.html
【違反事実1】
下請事業者に対し、
下請事業者から製品を受領した後、当該製品に係る品質検査を行っていないにもかかわらず、
当該製品に瑕疵があることを理由として、
令和4年7月から令和6年3月までの間、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、当該製品を引き取らせていた。
(違反法条:下請法4条1項4号(返品の禁止))【違反事実2】
下請事業者に対して自社が所有する金型等(製品の製造に用いる金型、製品の塗装・メッキ処理等の加工を行う際に用いる治具及び製品のサイズを正確に確認するための計測器具である検具)を貸与していたところ、
遅くとも令和4年7月1日以降、当該金型等を用いて製造する製品の発注を長期間行わないにもかかわらず、
下請事業者に対し、合計664個の金型等を無償で保管させることにより、下請事業者の利益を不当に害していた(下請事業者49名)。
(違反法条:下請法4条2項3号(不当な経済上の利益の提供要請の禁止))
どちらも勉強になると感じたケースですが、特に【違反事実1】は、商取引の基本法である民法・商法のルールとは異なる面があります。
違反事実1は、返品の禁止(下請法4条1項4号)という違反類型とされています。
条文は以下のとおりです。
下請法第4条(親事業者の遵守事項)
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号及び第四号を除く。)に掲げる行為をしてはならない。
…
四 下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付を受領した後、下請事業者にその給付に係る物を引き取らせること。
…
違反事実の記載だけだと問題点が分かりにくいですが、公取委の資料に、検査方法と返品可能期間の関係として場合分けがされています。
・下請取引適正化推進講習会テキスト(公正取引委員会Webサイト掲載) 本文61頁~65頁
https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/shitauketextbook.pdf
- 製造委託等(後述)をした親事業者が、
- 受入検査を自社で行わない場合で、
- 検査を省略する場合または検査を下請事業者に口頭で委任している(=文書を作成していない)場合
この下請法4条の対象は「製造委託等」です。具体的には製造委託、修理委託、情報成果物作成委託及び役務提供委託です。また前提として、下請法の適用要件の資本金要件があります。
単なる商品の売買契約なら対象外となり、この場合は民法・商法のルールによることになります。
【違反事実2】の方は、不当な経済上の利益の提供要請の禁止(第4条第2項第3号)という違反類型とされています。
下請法第4条(親事業者の遵守事項)
…
2 親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号を除く。)に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。
…
三 自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
…
- 金型の製造を委託した後,親事業者が所有する当該金型を下請事業者に預けて,部品等の製造を委託している場合に,
- 部品等の製造を大量に発注する時期を終えた後,親事業者が下請事業者に対し部品の発注を長期間行わない事態となることがある。
- このような場合に,親事業者が自己のために,その金型を下請事業者に無償で保管させると,不当な経済上の利益の提供要請に該当するおそれがある。
・参照:下請取引適正化推進講習会テキスト(公正取引委員会Webサイト掲載) 本文80頁
https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/shitauketextbook.pdf
なお、違反とされた親事業者側は、公取委の指摘を受けた対応として、
(違反事実1について)
…本違反行為の対象となる取引先様は65社であり、対象取引先様に対しては、返品分の下請代金相当額等である合計約5,400万円をすでにお支払いしております。…
(違反事実2について)
…当社では、取引先様と明確な協議をすることなく、取引先様に貸与している当社資産の金型等の保管費用は、部品の単価に含まれていると誤った認識をしておりました。
その結果、当社が取引先様に貸与している当社資産の金型等について、当該金型等を用いる製品の発注を長期間行わないにも関わらず、取引先様に無償で保管をさせていた行為がありました。
…
一部の対象金型等は廃棄の対応を既に実施しており、また、対象取引先様と補償のための協議も既に開始しております。
対象金型等の保管費用に相当する額については、公正取引委員会の確認を得た後、速やかに対象取引先様にお支払いいたします。…
…
公正取引委員会による本勧告の対象期間は、違反内容①が2022年7月から2024年3月まで、違反内容②が2022年7月以降となっております。
当社では、勧告対象期間以外についても総点検を行い、違反行為が認められた場合には、取引先様一社一社、丁寧に対応し、取引先様に生じた金銭負担相当額をお支払いいたします。
…
と発表しています。
ここ数年の公取委の下請法勧告一覧を見てみると、返品禁止違反のパターンも、金型関係での不当な経済上の利益の提供要請の禁止違反のパターンも、複数あります。
つまり「ありがち」な違反類型のようで、下請法のルールの周知徹底がいかに課題であるかを浮き彫りにしています。
私たち法律家にとっても、下請法は、民法・商法のルールとは異なるルールを定めている、一方でそれは基本的には行政上の規制である、という点で特殊な領域です。
前半は、BtoC取引における消費者法(消費者関連三法:消費者契約法・割賦販売法・特定商取引法)と似ていますが、これら消費者関連三法は、クーリングオフや不当条項規制など、民事上の効力があります。
下請法にはそこまでの効力はなく、建前上はあくまで行政上の規制です。
裁判例では、下請法違反行為がただちに民事上無効となるわけではない、公序良俗違反と評価されるかどうかによる、と扱われています。
ただ、公取委が勧告をしたケースでは、違反にかかる代金等の支払いの勧告もなされます。
今回公取委が勧告をした件では、親事業者側は上記のとおり過去に遡って清算する対応をとるようで、公取委の勧告の対象期間外についても点検する、としています。
下請法の難しさの1つは、下請事業者側が取引の継続性を懸念して、下請法による権利主張をしづらい、それゆえひとたび権利主張に至れば双方のダメージが大きくなりやすい、ということにありそうです。
下請法上は、下請事業者側が下請法違反の申告をしたことに対する報復措置の禁止(下請法4条1項7号)も定められています。
理想としては、下請事業者側が取引の継続性を懸念せずに親事業者側に下請法遵守の申入れができ、双方が下請法を意識して問題を解消できること、それにより双方が公取委の勧告に行くことによるダメージを避けること、でしょう。
下請法が、公取委が動かなければ機能しない行政上の規制にとどまるのか、当事者双方が遵守することで民事上のソフトローとしても機能するのか、今後の展開を改めて注目していきたいと考えました。
弁護士 圷悠樹